• フジロックとお笑い、その歴史を振り返る


    「フジロックと笑い」というテーマで文章を書こうと思う。「あー、参加者の笑顔が素敵だったとかそういうヤツね」とか「2015年のトッド・ラングレンに腰が抜けるほど笑わせてもらった」とかいう話もよいのだけど、今回は「笑いを生業としている人のフジロック出演」に関して書きたい。

    大道芸人3

    前史・1999年苗場初年度

    苗場にフジロックが移った初年度・1999年に電撃ネットワークが出演した。電撃ネットワークは、身体の限界に挑んだ過激なパフォーマンスと音楽の融合で笑いとともに、すさまじいステージをみせてくれた。音楽との親和性の高い電撃ネットワークは多数の音源をリリースし、フェスとの相性もよく、ライジングサンやサマーソニックなど国内外のフェスにも多数出演。フジロックには2001年、2003年、2015年にも出演している。

    2000年、ここでもフジロックがパイオニアだった

    フジロックが苗場に移った2年目、2000年に間寛平がステージに立った。間寛平は吉本新喜劇の元座長として関西では絶大な人気を誇るスターなのであるけど、このときは、間寛平withアメマ~ズとして1日目のフィールド・オブ・ヘヴンに登場した。このときのメンバーがすごい。間寛平の他に、遠藤ミチロウがヴォーカルで、KENZI(KENZI & THE TRIPS)とMASA(AGGRESSIVE DOGS)がコーラス、ギターにONOCHING(JET BOYS)とI.K(AGGRESSIVE DOGS)、ベースはツージーQ(QP-CRAZY)、ドラムがSATORU(AGGRESSIVE DOGS)という日本のパンクのレジェンドや凄腕を従えた布陣だったのだ(在籍バンド名は当時)。自分もこのステージは観てはいて、冒頭でケンジあたりが「こんにちわ〜ブランキー・ジェット・シティですー!(注:その日、ブランキーはグリーンステージのヘッドライナーでラストライヴだった)」とボケて、激しい音が奏でられている中、寛平ちゃんがいつものように「アメマ〜」とか「アヘアヘウヒハ〜」といっていたのを覚えている。「かい〜の」はいったか覚えていない。もう25年くらい前の記憶なんで。

    フジロック’00のポスター。間寛平 with アメマ〜ズの名をポスター左下に発見! | Photo courtesy of SMASH

    フジロック’00のポスター。間寛平 with アメマ〜ズの名をポスター左下に発見! | Photo courtesy of SMASH

    2000年代、他のフェスではよく出ているのに……

    以降、日本の大規模な音楽フェスにはお笑い芸人が関わることが多くなった。サマーソニックには「SIDE-SHOW」としてお笑いステージが設けられた。そして2004年になぜかリバティーンズがそのステージで演奏したこともあった。わかる範囲でざっと「SIDE-SHOW」の出演者をみると2010年には前年のキングオブコントで優勝した東京03、同じ年にはチョコレートプラネットもでている。2013年ころからはのちにM-1グランプリで優勝するウエストランド、2014年には三四郎やさらば青春の光などが出ているように新しいお笑い芸人をいち早くみることができた。また、ダイノジとかやついいちろうなどの音楽好きのお笑い芸人がDJとしてサマーソニックやロック・イン・ジャパンとかカウントダウン・ジャパンなどのフェスにでることがあった。

    2000年代のフジロックでは他のフェスほどはお笑い芸人の出演は活発ではなかった。細々と「音ネタ」の芸人・ポカスカジャンが2004年と2005年(2005年はバンバンバザールとのコラボレーション)に出演している。音ネタつながりでいえば2017年にマキタスポーツが苗場食堂に出演した。また、テレビの番組の企画でお笑い芸人が来ることがけっこうあって、テレビ番組の撮影でアンガールズの田中がボードウォークを歩いているのを目撃したことがある。

    「フジロック芸人」の登場

    2010年代ころから、「フジロック芸人」ハライチの澤部や、バイきんぐの小峠がテレビなどでフジロックにいってることを発言したり、SNSで発信したりしているようになった。澤部はいつも6月〜7月頃にテレビ朝日でやっているフジロックの特番に出演しているように、「フジロックに澤部」は当たり前の光景となった。この頃から俳優やお笑い芸人がプライベートでフジロックに来ることが一般的となって、プライベートで来ていたのかもしれないので名前はださないけど、オアシスエリアで東京のラジオ局で帯番組を持っている芸人さんをみたことがある。

    そういえば、ステージではないけど、オアシスエリアやところ天国の河原で大道芸やモノマネを披露している人たちも忘れてはいけない。ご飯買いに並んでいるときに河原でやっていたフレディ・マーキュリーのモノマネを思わずみていた。

    Photo courtesy of SMASH

    Photo courtesy of SMASH

    2016年、落語家がやってきた!

    そして転機となったのは2016年である。「フジロックに落語を」という当時のSMASH社長・日高さんの発案を受けてフジロックにでてくれる落語家を探したところ、当時二つ目で現在は真打ちの鈴々舎馬るこが出ることになった。以降も鈴々舎馬るこの出演は続き、コロナ禍でお休みの年があったけれども昨年も出演してすっかり定着したといえる。それどころかフジロックの総出演時間はどのアーティストをも上回り、実質フジロックに一番出演している人となっている。2位が勝井祐二とか石野卓球(電気グルーヴとDJ合わせて)あたりになるだろうか。

    最初は、よしずがかぶせてあるだけの簡素な寄席だったけど、青空寄席「筍亭」として最近はちゃんと屋根がつくようになり、出演者も、替え歌のトミー冨岡(トミー冨岡は苗場食堂にも出演したことあり)、スタンダップコメディアンのサクヤナガワ、映画漫談家のキネマおじさんがレギュラーとしてでるようになった。サクヤナガワは近年グリーンステージのMCもスマイリー原島と共に務めている。2024年は浪曲師としては約60年ぶりに新宿末廣亭の主任を務めることになって話題となった玉川太福も出演した。落語、浪曲とくれば講談などの伝統的な日本の話芸の出演者も期待したいところだ。

    Photo by suguta

    Photo by suguta

    コロナ禍以降は、アヴァロンフィールドに2021年ウーマンラッシュアワーの村本大輔、2022年には時事芸人のプチ鹿島(ラッパーのダースレイダーと共演)が出演した。これはフジロック内のトークイベント「アトミックカフェ」の中で企画されたものなので、時事を批評して笑いにしていくというニュアンスが強い。そして、2024年の前夜祭にはどぶろっくがでて盛り上がっていたのも記憶に新しい。

    Photo by 白井絢香

    Photo by 白井絢香

    Photo by 宮田遼

    Photo by 宮田遼

    こうして振り返ってみると、フジロックの「お笑い」との距離感が興味深い。いち早くお笑い芸人をステージに上げたものの、そこから深く関わることはなかった。ようやく2010年代後半に「お笑い」とガッツリ関わるようになったけど、最新のお笑いではなく、古典芸能の血を引くものだった。そのスタンスがフジロックなんだろう。今年はどんな笑いがあるのだろうか。

    text by イケダノブユキ

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