• フジロックを彩るアートの世界!〜Vol.3 MADBUNNY (Akiyoshi Takada) 編〜


    フジロックの会場内に広がるアート装飾はグラストンバリー・フェスティバルやバーニングマン等を手がけるUKのアートチームが手がけています。今やフジロックでは欠かせない、ゴンちゃんとMADBUNNY(マッドバニー)ですが、皆さんはMADBUNNYがUKアートチームに所属する唯一の日本人アーティストだって知っていましたか?フジロックを彩るアートの世界、第三回はボードウォークやカフェ・ド・パリに佇む可愛いバニーの製作者にインタビューを行いました。

    MADBUNNYが暮らす東ベルリン(シュプレー河)にて

    MADBUNNYが暮らす東ベルリン(シュプレー河)にて

    ─ まずはじめに、MADBUNNYは普段どこで活動しているんですか?

    基本的にはロンドンとベルリンでアーティストとして活動&生活しています。ロンドン4:ベルリン4:日本4ヶ月くらいで、毎年フジロックの前にUKチームと一緒に日本に帰国するスケジュールです

    ベルリンの壁で行われたMADBUNNYのインスタレーション作品

    ベルリンの壁で行われたMADBUNNYのインスタレーション作品

    ─ MADBUNNYがフジロックでバニーを飾るようになったきっかけはなんですか?

    25年前からロンドンでアート活動をしているのですが、2011年にWim(お盆タワー&ブレインマンション)やGordon(ゴンちゃん製作者)から「日本でフジロックっていうフェスティバルがあるから遊びにおいでよ」と呼ばれて。超気軽に「設営している彼らに酒でも持って行ってあげようかな」とフラッと遊びに行ったのがきっかけです。

    その時にUKチームと酒を飲みながらボードウォークを散歩していて「ボードウォークには子ども達もたくさん来るけど何もない。アキ、君のバニーを使って何かできないか?ここのボードウォークをアキに任せるよ。」と言われて。それが2011年のフジロック開催の数日前だったんじゃないかな。とりあえず、状況が把握出来ず「?????」でした(笑)。

    ─ ロンドンでは元々ゴードンやWimと友達だったということですか?

    昔からロンドンで彼らと同じギャラリーに所属していて、一緒にアートショーを行っていたんです。だけど、彼らがフジロックに関わっていることなんて知らなくて。「ただのクレイジーなアーティスト」という印象でした。

    Gordon(ゴンちゃん)が経営するロンドンのギャラリー「SUBWAY Gallery」で行われたMADBUNNYの個展

    Gordon(ゴンちゃん)が経営するロンドンのギャラリー「SUBWAY Gallery」で行われたMADBUNNYの個展

    ─ 日本でフジロックというフェスティバルが行われていることは知っていましたか?

    僕も中学生くらいからバンドをやっているので知っていましたが、それまで行ったことはなかったです。

    ─ フジ開催前に、ロンドンの友人に呼ばれて飲みに行ったのが初めてのフジロックで、作品を飾ることが決まり、フジロック・デビューした、と…。

    ですね。最初は時間がなかったのでテスト的に。初年度は44羽。44っていうのはイギリスの国番号(+44)という意味でした。

    ─ 数日前に決まったということですが、元々ボードウォークにいるバニーたちは既に作品として存在していたのですか?

    こっちのバニー(フジロックで配っているステッカーのバニー)は僕自身のアーティストアイコンで。ボードウォークにいるバニーは、2011年のあのときに作ったんです。

    最初、UKチームからは「ボードウォークにアキの(アイコンの)バニーを使って何かやろうよ」と言われたのですが、アーティストとして、いくら急な話でも“そうじゃないな。森の中だし、違うことがしたいな”と思って。その夜帰宅する車の中で「リアルなうさぎを作ってボードウォークに置いてみようかな?」と考えたんです。

    ステンシルとシルクスクリーンで生み出されるバニー達

    ステンシルとシルクスクリーンで生み出されるバニー達

    ─ フジロックがきっかけで、あのバニーが誕生したんですね。

    そうなんです。最初は「簡単でいいから」と言われたんだけど「せっかくなら精一杯トライしよう」と。作品としては(ステッカーのバニーと)別のものだけど、騙し絵はそのままで…。

    ─ お客さんのバニーへの反応はどうでしたか?

    想像を超える反応でした。「今年はボードウォークにウサギがいたよね!」「あれは何なの?誰の作品なの?」って。フジロッカーズ・オルグも、他のメディアでもたくさん載せてくれましたし。

    でも、僕の中では、2011年だけやれって言われてるのかなと思っていたので…。2年目の事なんて全く考えてもいませんでした。その時は、まさか今後毎年飾ることになるなんて思っていませんから(笑)。でも、何のミーティングもなく2年目も「バニー!今年は何日からフジロックの設営に入る?」ってロンドンから連絡がきて(笑)。

    ─ それはUKチームから?

    そう。「あ、今年もやるんだな」って(笑)。別に契約書を交わしている訳でもないんですけどね。2011年から毎年「あ、今年もやるんだな。だったら、もっとたくさん作って子供達に楽しんでもらいたいな」という気持ちで。気がつけば、今年で9年目(笑)。

    一羽ずつ手作業で切り抜かれるバニーズ

    一羽ずつ手作業で切り抜かれるバニーズ

    ─ これまでのフジロックで一番大変なことや、記憶に残っている事件はありますか?

    何より大変なことは、とにかく毎日バニーを作ること。最初はボードウォークだけだったのが、数年前からカフェ・ド・パリのあの空間もやってくれということになって。2年前からパレス・オブ・ワンダーのWimが「アキ、一緒にやろう!」ってカフェパリに引っ越して来て…。

    バニーズ・ガーデンの壁作りも毎晩のパーティも、それはもう超大変です。フジロックが始まった当日から「どうやって撤収しようかな」と考えていたり。体力も温存しておかないと(笑)。だから夜遅くまでは遊べないんですよ。ロンドンから帰ってそのまま苗場に入って2~3週間。作業中も本番中も撤収も、ずっと車中泊&テント泊ですから(笑)。

    ロンドンのスタジオで制作するMister Wim

    ロンドンのスタジオで制作するMister Wim

    ─ (笑)。

    記憶に残っていることは、たくさんありますが去年台風がきてバニーズ・ガーデンが全て崩壊してしまったことですね。毎年大変だし、楽しい思い出もたくさんあるけど。特に思い出に残っている出来事は、やはり去年の台風ですかね。

    ─ その壊れてしまったバニーズ・ガーデンをそのままにしておくというのも最高にアーティスティックでしたよね。

    そう、わざとそのままにしておいたんです。インスタレーション作品だから。その過程も楽しんでもらった方がいいかな、と。壊れたから片付けて直すとかじゃなくて。もちろんフジの本部からは「危ないから片付けてください!」と言われたんですけど、「僕はこのままやりたい!やらせてくれ!」って説得して。でも危険がないように釘を抜いたり、規制ラインも引いて。

    台風がきて、壊れてしまったこと。それも含めて自分のアートだと思っているので。新しいインスタレーション作品として新たな命を吹き込んだんです。それが海外のフェスを経験している僕達UKアートチームのプライドだと思ったので。

    2018年 台風の直撃により崩壊したバニーガーデン

    2018年 台風の直撃により崩壊したバニーガーデン

    ─ 今年の豪雨はどうでしたか?

    あはは!もう最高でしたよ!大人の男2~3人で持ち上げるパレットが何十枚も流されてて。僕達のヘッドクォーターのパレットもプカプカ浮いてて。もちろんバニー達も水没してプカプカしてて。1年前から準備していて、数ヶ月前から製作して、時間もコストも掛けた自分の作品達が台風で全て壊れても、豪雨で全て流されてても、ロンドンチームは最高に楽しんでましたよ!全てを受け入れて楽しもう!これこそ野外フェスティバルだぜ!って。僕達には過去に、もっともっと最悪で悲惨な経験があるから(笑)。あのくらいの天候なら、全く問題なく最高に楽しんでいましたよ。

    ─ 起こった事実をそのまま伝える、ということですね。ところでMADBUNNYはライヴを見たりする時間ってあるんですか?

    時間は…ないですね。基本的に全てのバニーを仕掛けているのは2人だけなので。バニーズ・ガーデンにお客さんがたくさん来てくれるので持ち場を離れられられません。毎年ボードウォークのバニーも何十羽も盗まれてしまうから、朝一にパトロールもあるし。でも、カフェ・ド・パリは遅い時間まではやっていないので、それが終わったら夜ヘッドライナーを少し観に行くくらいですかね。

    ─ そのバニーズ・ガーデンではお客さんとはどのように過ごしていますか?

    来てくれたお客さんと一緒に写真を撮ったり、家族で来ていたら写真を撮ってあげたり。あとフリーステッカーを渡したりとか。

    ─ あのステッカーは毎年どれくらい配っていますか?

    大体5,000枚くらいですね(笑)。あとはイタズラして貼ったり。そういうのもフェスの楽しみでしょ?

    ─ すごい!5,000枚ですか。…ということはフジロックに来ているお客さんの数十人に一人はあのステッカーを受け取っているという計算になりますね。

    会場内で本人が配布しているMADBUNNYのステッカー

    会場内で本人が配布しているMADBUNNYのステッカー

    あのステッカーは子ども達も喜んでくれますね。カフェ・ド・パリに行けば僕に会えるので、毎年来てくれているお子さんもいて「今年は何羽バニーを見つけたよ!」とか、ボードウォークにいるバニーの数を数えてくれたり、撮った写真を見せてくれたり。

    子どもたちが喜んでくれているというのが一番やりがいがあって、疲れが吹き飛びますね。去年もらったステッカーが剥がれてしまったから、新しいのが欲しいとか。みんな携帯電話に貼ってくれたりして。そんな他愛もない事かもしれないけれど。僕にとってはすごく嬉しくて、僕にしかできない大切な事だと思っています。

    ─ 去年、前夜祭で櫓の上から派手にステッカーをバラ撒いていませんでしたっけ?(笑)。あれはWimと一緒に仕掛けたんですか?

    あはは。あれはタワーレコードさんの企画で。毎年タワーレコードのマスクマンが櫓の上からタオルを投げて「フジロックはじまるぞ!」というイベントをやっていて。数年前からタワーレコードのデザインや装飾も僕がやっているのですが、前夜祭の夕方にタワーレコードから連絡がきて、マスクマンから「一緒に櫓の上に上がって、何か一言お願いします」と。それで急に決まったんです。

    シラフでは上がれないからマスクマンとジョニーハイボールを死ぬほど飲んでフラフラしながらステージに上がった勢いで僕がWimも呼び込んで。あの櫓はWimの作品だから。「これはWimが作ったアート作品だよ!フジロックではアートも楽しんでね!」とタオルとステッカーを櫓の上からバラ撒いてたんだと…思います。残念ながら、その時の記憶はありません(笑)。

    スケートボード歴35年。スノーボード歴31年。今でも自らのプロモデルでライディングしているMADBUNNY

    スケートボード歴35年。スノーボード歴31年。今でも自らのプロモデルでライディングしているMADBUNNY

    ─ そういう経緯があったんですね。そういえばMADBUNNYのブランドでもあるBYSDNTCRY.(ボーイズ・ドント・クライ )はキュアーの曲からきているとお聞きしたのですが、今年は久しぶりにキュアーが来ましたね。

    そうですね。子どもの頃から好きなバンドの、あの頃大好きだった曲名です。アパレルブランドは20年以上前から今でもずっとやってるんですけど。BYSDNTCRY.は、アーティスト個人の表現として2005年にロンドンとベルリンとパリでスタートさせたブランドです。基本的には、下着とアパレル、僕のアートワークを発表するブランドです。僕のルーツはスケートボードに乗り始めて35年、スノーボードに乗り始めて31年、ロンドン(ヨーロッパ)にトライし始めて25年で。スケートボードに乗りながら海外のアートシーンでトライ&エラーを繰り返す僕の生活がまさに「Boys Dont Cry. / BYSDNTCRY.」だな。って。

    ─ UK.のアーティスト達もみんなBYSDNTCRY.のパンツやTシャツを身につけてますもんね。

    ですよね。とっても嬉しいです。だから森のバニー達もあのパンツを履いてるんですよ。

    ブランド「BYSDNTCRY.」あのバニーズ達が履いているアンダーウェアがこれ。 *後発の類似ブランドにはくれぐれもご注意ください。

    ブランド「BYSDNTCRY.」あのバニーズ達が履いているアンダーウェアがこれ。
    *後発の類似ブランドにはくれぐれもご注意ください。

    ─ あと…どうしましょうか?書いてもよいのかどうか。息子さんが生まれたことなんですけど。(MADBUNNYの赤ちゃんが令和元年5月1日に生まれました。)

    あはは。全然大丈夫ですよ。産まれて二ヶ月ちょっと。もしかしたら最年少のフジロッカーなんじゃないですかね(笑)。

    ─ 7月6日に台湾でおこなった「FUJIROCKERS BAR TAIWAN」にも一緒に行ってますもんね。冷静に考えたら凄い経験をしてますよね。産まれた瞬間からフジロッカー、という。

    それも彼の人生だと思います。世界中を旅するアーティストの息子として生まれて来てしまったのだから。彼にとっては、生まれた瞬間からアートと音楽とフライトがベーシック。でも僕の仕事上、生まれた瞬間から世界中に親戚やファミリーが無数にいるって幸せな人生だな。とも思います。

    生まれた瞬間から全世界にファミリーがいる末恐ろしい2ヶ月半の赤ちゃん。

    生まれた瞬間から全世界にファミリーがいる末恐ろしい2ヶ月半の赤ちゃん。

    p12

    ─ 今年、グリーン・ステージ前での安全祈願祭のあとに、パレス・オブ・ワンダーのクリスタル・パレスで、昨年亡くなったテントの所有者、メノの追悼式が行われたんです。日高さんやジェイソン、UKスタッフが集まって追悼しました。亡くなっていく人もいて、新しく誕生する命もあって。

    フジロックは長い歴史が長いので、受け継がれていくということですよね。UKチームのスタッフもアーティストも、もう何人も亡くなっていますからね。

    ─ 話は戻りますが、フジロックってやっぱりすごいなぁと思っていて。日本にはたくさんのフェスがありますが、他のフェスの多くは興味をひかれるアート作品をなかなか見ることがなくて。

    フジロックはロンドンのプロのアーティスト達の作品です。文化祭の飾り付けみたいなものとは全然違いますから。森の中にあるバルーンも、Wimも、ゴンちゃんも、パレスもミニスキュールも。フェスティバル用の飾り付けではなく、皆アートを職業にしているプロフェッショナル達の作品ですから。

    Mister Wimの作品「BRAIN MANSION」と、MADBUNNYの作品「BUNNY GARDEN」(製作中)

    Mister Wimの作品「BRAIN MANSION」と、MADBUNNYの作品「BUNNY GARDEN」(製作中)

    ─ 最後に。来年2020年は8月21日~の開催が発表されましたね。

    ですね!UK.ファミリーであるジョー・ストラマー(The Clash)の誕生日!そして、こっそり僕(MADBUNNY)の誕生日でもあるんです。来年もまた!821(バニイの日)に苗場で!フジロック2020で!お会いしましょう!

    p14

    ─ 本日はお忙しい中ありがとうございました。

    フジロックを彩るアートの世界!〜Vol. 1ゴードン編〜
    フジロックを彩るアートの世界!〜Vol. 2ルーク編〜

    インタビュー、文:アリモトシンヤ

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