• 認真戀愛”大港開唱”五秒前 ~台湾のロック・フェスに行きたいわん Vol.2~


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    *第一天*

     正直、思ってもみなかった。

     ここまでワクワクするとは…いや、予感はしていたけれど。

     3月最終週の土曜日の午後、高雄国際空港に降りたったときの日射し、風、匂い…帰ってきた! 搖滾台中 Rock in Taichung 以来半年ぶりに。そんな感慨もそこそこに、MRTでもうとっくにはじまっている会場へと向かう。途中、ホテルのチェックインを済ませ、近くのセブンイレブンの端末機で紙チケットを発券してから、「世界一美しい駅」美麗島 Formosa Boulevard 站(駅)で橙線 Orenge Line に乗り換えて2駅目、フェスに行くには軽装な若者たちにまぎれて鹽埕埔 Yanchengpu 站で降りる。ワクワクと同時に、とたんに現実離れした気分にもなる。

     異国の地で、まだ知らないフェスティバルに、いままさに向かっているのだから。

     南部の港湾都市、高雄 Kaohsiung 市で毎年3月に開催される台湾最大級のロック・フェス「大港開唱 Megaport Festival」。初開催は2006年、地元出身のミュージシャンたちがDIYではじめたというから、京都大作戦のような成り立ちだろうか。1895年から1945年までの日本統治時代には、南洋や東南アジアに資源を求めた日本の「南進政策」の一大拠点にもなった、そんな広大なベイ・エリアの一角が会場になっていて、海に近い都市型フェスの幕張や舞洲でのサマーソニックにも似た趣きもあり、じっさいに会場に入ると親近感を覚える。

     鹽埕埔站から歩いて10分ほどの道のりに、イメージ・カラーのオレンジ色の旗や看板が立ちならび、コンビニは若者たちであふれかえっている。中元節(お盆)の時期でもなさそうだが、歩道で鉄製のだるまストーブに黄色い紙銭をガンガン焼(く)べているのが、異国らしい光景。映えスポットなスプレーペイントの壁画やジェラート屋さんを過ぎ、煉瓦積みの倉庫を改装した「駁二芸術特区 The Pier-2 Art Center」の一角の先に、埠頭に建つ巨大なオブジェと海が見えてくる。『人生的音樂祭。』大港開唱のキャッチコピーを掲げたオレンジ色のゲートをまえに、みんなが記念撮影をしている。

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     とりあえず人の流れに沿って進むと『手環兌換→』の看板が。すでに午後4時を過ぎていて、広い倉庫跡のなかはガランとしてならぶことなく、紙チケットとパスポートを提示してスタッフの女の子にリストバンドを着けてもらう。ワクワクがとたんに現実のものになって、ちょっとホッとする。そのまま倉庫跡沿いの小径をまっすぐ歩く。いろんなオブジェと並木の小径のはるか先には、台湾で台北101に次いで高いビル「高雄85大楼」の遠望が。そして大港開唱のランドマークの1つ旋回橋の「大港橋」のたもとには、飲食出店のテントや、DJがEDMや日本のアイドル・ソングを鳴らす小さなステージ「大樹下」が立ちならび、一気に祝祭感が増してくる。

     まずは乾杯!といきたいところだけれど、すでに台湾のMumford & Sons「老王樂隊」、80年代ニューウェーブとシティ・ポップが融合した「溫帶漫歩 Wendy Wander」、、Pink FloydやKing Crimsonが好きそうな「Bremen Entertainment Inc.」といった要注目の若手 “湾流” バンドを見逃している。出遅れているぶんをとりもどそう。大港橋をわたった埠頭にあるメインステージ「南霸天」で演奏真っ最中のBattlesを観にいく仲間とわかれ、せっかくなので台湾のバンドを観たい!ということで、いちばん真反対側の「高雄流行音楽中心 Kaohsiung Pop Music Center」にあるステージへ。1kmは続く岸壁に沿って飲食やCDやレコード、Tシャツや帽子を売るテントがズラリと軒をつらね、岸壁に接舷しているクルーザー「大港丸」は、別途料金で高雄湾を周遊しながらのDJパーティが楽しめる。駁二芸術特区の改装した倉庫のなかにもお洒落なショップやレストラン、そのそとではいろんな雑貨をならべたフリーマケット風の屋台がならんだ「文創市集」があり、人でごったがえしている。

     驚いたことに、並行してライトレールの路線が走っていて、その1kmはある区画一帯がチケットなしで立ち入れるエリアだ。芝生と背の低い植えこみだけで線路が仕切られ、踏切にも遮断棒はなくて信号と警備員が立っているだけで、最初はまったく気づかなかった。地図で見たときに会場内に「駁二大義站」と「駁二蓬萊站」の2駅があってどういうことかと思っていたのだけれど、犬の散歩をしていたりベビーカーを押した親子連れがいたりと、日常の生活とフェスの光景がごくふつうに入り混じっている。隣接した広々とした芝生の「大義公園」は「MEGAFUN」エリア、子ども向けの遊具や各企業やNGOのテント、登壇者がなにやら討論をしているステージ、そして「青春夢」ステージからはご機嫌なスカが漏れ聴こえてくる。

     フジロックでいうところの「場外ショップエリア」と「パレス・オブ・ワンダー」それに「ジプシー・アバロン」と「キッズ・エリア」が一緒になったような感じで、これらすべてチケットなしで無料で楽しめる。太っ腹だ。

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     大港橋のすぐまえが駁二大義站で、八角形をいくつも組みあわせたユニークな外観の高雄流行音楽中心に面しているのが駁二蓬萊站。1駅ぶんを歩いてたどり着いたのが隣接する屋内ステージの「海龍王」。その入口でようやくリストバンドのチェックを受ける。白いダンボールのゴミ箱が置かれていて、なかは台湾のMRTとおなじく飲食禁止らしい。缶の持ち込みも不可。武道館をひとまわりほど小さくして半分にした感じのオーディトリウムで、2階はすべて座席で、くつろぎながら演奏を楽しむ観客でびっしり満席だった。1階のフロアはまだ余裕があり、ここぞとばかりにステージに近づいてみる。

     「EmptyORio」は今年、結成25周年をむかえる「滅火器 Fire EX.」のギタリスト、ORioこと鄭宇辰のソロ・プロジェクト。滅火器 Fire EX.としては2022年のフジロックをはじめフェスやツアーで精力的に来日し(5月21日には京都でストレイテナー、打首獄門同好会と共演)、 2014年の『ひまわり学生運動』のテーマ曲を提供したり、昨年5月の頼清徳総統の就任式でも演奏したりと、そんな、台湾インディーズというよりいまや台湾ロックの代表格ともいうべき滅火器 Fire EX.以上に、EmptyORioはキャッチーで親しみやすい正統派のメロコア。地元凱旋ということもあってか観客の熱量もすごい。最後の4曲を聴けただけだったけれど、(個人的な)大港開唱 2025の幕開けにはぴったりだ。

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     次に観たいバンドまでは1時間以上ある。さて、どうしよう? いまから飛ばしても明日まで体力が持つか? タイムテーブルに目を落としながら、ふと思い立って、また1kmほどの岸壁沿いを歩いてもどって、Creepy Nutsを観に大港橋をわたろうとする大行列を尻目に、『手環兌換』の倉庫の隣の『奇物區(グッズ売り場)』の倉庫へ。つい1時間まえに通ったときはゲートにまで届きそうなほどの長蛇の列だったのが、15分ほどならんで公式のTシャツとタオルを買うことができた。

     背番号に「25」をあしらったベースボール・シャツはすでに完売で、2種類あったTシャツもサイズによっては完売のものも。人気のベースボール・シャツは今年は黒地にオレンジの文字と背番号で、関西人としては着るには抵抗のある配色だ。スポンサー系?の専用のQR決済とそれ以外の導線が分かれていて、スタッフがどちらかと尋ねてくる。こういう場合の定型句「Sorry, I can’t speak Chinese」とこたえると、すぐまえにいた客の1人がふり向いて英語で説明してくれる。スタッフの男の子もこっちにならべと誘導してくれる。というわけで、無事にミッションの1つを達成。でもやはりというか、いまどきフィジカルな音源を置いているバンドは皆無。これは改めて探求しないと。

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     大港橋のたもとの「台湾啤酒」のブースでようやくビールにありつく。緑の企業カラーがメガポート・オレンジに変わったコラボ缶。「Can I have 1 can?」と頼んだものの、なぜか6缶パックをわたされた。広い会場内にアルコールを扱うブースやテントが一見して少ないので、まぁいいかと思って、これまたメガポート仕様の手さげ袋がもらえないかとたずねると、袋は8缶買えば付いてくるという。それはさすがに飲みきれないので、しかたなく厚紙のパックを片手に次のステージへと向かう。冷えたビールにすぐにありつけないのは不便だが、観客は大半が若者なので、そのほうがウェイウェイならずによいのかも。手さげ袋は記念として8缶買っておいてもよかったな。

     「出頭天」ステージを目指したものの、すっかり迷って「MEGAFUN」の辺りをウロウロして、地図を凝視しながら来た道をまたもどる。ふと上を見上げると、倉庫の屋上からなにやらくぐもった音が風に流されてくる。なるほど、地図は平面だが世界は3次元だ。おまけに時間(4つめの次元だ)がすっかり経っていて、お目当の「憂憂 Yō-Yō」の演奏はとっくにはじまっている。あわてて階段を昇る。ゆったりとレイドバックしたオルタナ・サウンドに、往時の台湾歌謡や民謡風のどこか懐かしいメロディ…屋上を吹きぬける潮風と、東洋的な白昼夢にたゆたう。去年の秋に初のEPをリリースしたといい、老王樂隊(観たかった!)とともに台湾インディーズの次のシーンを予感させる。「レッド・マーキー」にも「フィールド・オブ・ヘブン」にもぴったりだ。

     ちょっとぬるくなってしまった缶ビールが格別に美味い。と、書きながらビールが飲みたくなってしまうほど。味覚と聴覚ががっちり握手をしたまま、おまけに親指を立てている。

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     屋上の「出頭天」で仲間と合流し、残りの缶ビールと2枚買ったうちのタオルの1枚をわたして、ようやく乾杯。公式タオルはこの時点で完売していたみたい。とりあえず一息ついてなにか食べよう、と岸壁沿いの飲食テントやライトレールの高架下の出店テントを物色して、岸壁のもやい杭に腰をおろしてようやく買えたビーフサンドを頬張ったころには、すっかり日も暮れていた。仲間が推す「JPBS」というタイのポスト・パンク・バンドを観に「海龍王」へと行ったけれど、いざはじまったのは「That’s My Shhh」というファンク・バンドを従えた台湾のヒップホップ・ユニットで、まだまだ大港開唱の全容を把握できていないまま、開演時間どころか(とっくに終わっていた)ステージまで(駁二芸術特区の倉庫跡のなかにあるライブハウスを利用した「海波浪」だった)まちがえていた。

     「I Mean Us」や「鄭宣農 Enno Cheng」といったドリームポップやフォークトロニカ系の定評のある台湾人アーティスト、UVERworldやCrossfaithといった日本勢もちょうどこの前後だった。

     結局、はやめに移動しよう、ということで、LEDヴィジョンの映像が凝っていて見応えのあるThat’s My Shhhは2曲ほど観てから、高雄流行音楽中心のすぐ隣の「女神龍」ステージへ移動する。外に出ると向こうの「青春夢」からは”Wonderwall”のカヴァーが流れてくる。遠巻きにシンガロングに参加しながら、足ばやに歩く。さあ、いよいよ今年の『ミューズ枠』として大港開唱 2025のいちばんの話題、広末涼子のステージだ。「南霸天」の大港開唱の発起人のブラック・メタル・バンド「閃靈 Chthonic」とかぶっているけれど、日本でおっさん連中に「代わりに観てきてくれ!」と羨望のまなざしで思いを託されてきたのだから、裏切るわけにはいかない。

     岸壁の果てにある「女神龍」のゲートへと、どんどんと人が吸いこまれていく。スタッフの女の子数人がリストバンドを提示するように呼びかけるが、もちろん拡声器なんて無粋なものは使わない。マリーナを隔てた向こう岸に、高雄85大楼やフェリーポートの「旅運中心」のモダンな建物群の夜景が煌々と映える。潮風がビュウビュウと真横から吹きつけ、Tシャツ1枚ではかなり肌寒くなって、ウインドブレーカを羽織る。3月末の例年の高雄は気温30℃ちかい猛暑らしいのだが、今年は、日本列島には真冬なみの冷えこみをもたらした大陸からの寒気が、この南の島では日中は快適な気候に調節してくれたようで、結局、持ってきた短パンも帽子も必要なかった。逆に、海のそばということで防風と雨具代わりに持ってきた2枚のウインドブレーカが役立った。

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     高雄流行音楽中心を背に従えた「女神龍」は、後方がゆるやかな傾斜のついた芝生になっているアリーナ状の広場で、8,000人ほどは入れそうだが、広場の入口付近ですでに立錐の余地もなく、入場規制寸前といった具合。往年のファンというよりも大港開唱の観客層のとおり若い世代が大半で、にもかかわらず期待と熱気が渦巻いているのがヒシヒシと感じられる。

     台湾(中華民国)で、蒋介石・蒋経国親子と国民党による独裁政権のあいだ38年間敷かれていた戒厳令が解除されたのが、1987年。やっと、いままで読めなかった本が読める、観れなかった映画が観られる、聴けなかった音楽が聴ける時代になった。翌年に蒋経国が死去し、副総統だった台湾生まれの李登輝が総統に就任。『三月学生運動』など台湾の人々の根気強い要求ののち、ようやく直接選挙による総統選が実施されたのが1996年。そんな90年代の日本のドラマや音楽が台湾の人々にとっては最先端のカルチャーだった当時の10~20代が、いまは40~50代だから、「廣末涼子」が「自由な時代」のアイコンとしてかさなるのだろう。感心させられるのは、そういう時代の熱がいまの若い世代に、こういったフェスを通じて受け継がれていることだ。過去の大港開唱の『女神枠』では、いまなお中華圏で絶大な人気を誇る酒井法子、それにビビアン・スー(台湾原住民のタイヤル族のルーツ)や満島ひかりらが出演しているのだとか。

     ブォォォ~ンと大港開唱のテーマともいうべき出囃子の霧笛のSEが高らかに響く。「ヒロスエ」当人は、モータウン風のリズムに乗ってフリルとリボンの付いた真っ赤なドレス姿で登場し、湧きあがる歓声に深々とお辞儀をしてから、「1、2、3、4、5」とあのささやき声のカウントが鳴りわたる。終始リラックスした、でも大歓声にはびっくりしたような満面の笑顔で、中国語でのMCや、お辞儀をしたり手を振ったり、なんども感謝の意を表している。「魔法をかけてあげよう、君だけに~」と平井堅のカヴァー曲も披露して、やばい、かかったかも…いや、1人だけじゃなくて、観客みんなが。最後は投げキッスでステージ袖へと消えていった。なんだろう、幻を見ていたのかな。

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     たいしたトラブルもなく、大充実の初日が終了。「女神龍」の出口で偶然、「Feastival Junkie Podcast」のなかの人と会うことになったのだが、「メガポートには初めて来たんですけど、いやぁ、めちゃくちゃ楽しい!」と、世界中のフェスを旅している人間が表情を輝かせていたのが印象的だった。Tシャツ1枚と短パン姿で「寒い!やばい!」と、横殴りの風に両腕をさすりながら震えていたけれど。

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