【FRF’22 Pickup vol.6】いいものはいい!だけど、敢えて今年見たい女性アーティストをピック! – ARLO PARKS/SNAIL MAIL/ずっと真夜中でいいのに。/中村佳穂
- 2022/06/15 ● Column
「今年のフジロック注目の女性アーティストを紹介しよう」というお題自体、自分で提案しながら「音楽にジェンダーの線を引く」違和感を持ちながらも、一方で「フェスにおけるジェンダーバランス」が、ある種社会での女性の活躍の写し鏡でもあることも事実。2018年2月に「2022年までにフェスのジェンダーバランスを50対50にしよう」とスタートした国際キャンペーン『Keychange』。ヨーロッパを中心に100を超える音楽フェスが署名している中、今年11月に開催される『Iceland Airwaves』はその目標を達成するとニューヨーク・タイムズが報じている。
数の公平が正義だとは思わない。ただ、女性アーティスト(もちろん中にはLGBTQをアイデンティティとする人もいるだろう)が歴史的に見て少数派なのは職業として継続することが困難であったりするからだ。それは他の職業にも当てはまる。エンタテイメントやアートの世界でも未だ多数派や決定権を持つのは主に男性だ。各々のライブを楽しむのに、そんなことをいちいち考える必要はないが、同時に表現の発露やルーツにその人のジェンダーが無関係ではないことも事実だ。だからこそ現在を象徴する女性アーティストに「今とこれから」の世界を変える鍵を見出しても矛盾はしないだろう。
今年はフジロック史上3人目の女性ヘッドライナーにホールジーが抜擢されたことに少なからず驚いている人もいるだろう。今回紹介する4組も併せて音楽性やキャラクターを確かめてもらえれば、腑に落ちるラインナップと言えるのではないだろうか。
アーロ・パークス
名状し難い声の魅力とストーリーテリングの力
ネオソウルやジャズ好きかつ、文学や哲学を学んだ女の子が自分のベッドルームから世界に音楽を発信したような時代性。アーロ・パークスが本格的にブレイクした2021年のデビューアルバム『Collapsed in Sunbeams』に感じた印象はそれだ。その後、彼女のバックボーンや影響源が明かされてくると、あながちそれは外れていなかったようで、ローティーンから母親の影響でチェット・ベイカーの映像を好んで見たり、アレン・ギンズバーグやジム・モリソンに傾倒していたという。スポークンワーズや小説を書いていた彼女は13歳でクラシックピアノを習いつつ、ヴェルベット・アンダーグラウンドの音楽をきっかけにガレージバンドで作曲もスタートさせる。
ちなみに音楽的な影響も明言しているのだが、アーロ・パークスというアーティストネームはフランク・オーシャンとキング・クルールの語感に由来しているらしい。他にもコラージュ的なニュアンスはソランジュとの共振も感じられ、単にジャジーなUKソウルと呼ぶには根本に深い哲学を含んだストーリーテラーとしての資質があるようだ。前出のデビューアルバムはグラミー賞で最優秀オルタナティヴ・ミュージック・アルバムにノミネートされたり、母国英国ではブリットアワードで最優秀新人賞を獲得するなど、権威ある批評家筋にも正当な評価を受けていると言える。もちろん、発見したのは彼女と似た感性を持つ世界のリスナーだ。その歌声はもちろん、「hope」のMVを見た時、こんな繊細で頼もしい友達がいたらどんなにいいだろうな、と思った人は少なくないのではないだろうか。
「hope」
2022年に入ってリリースされた「Softly」はポップさやパッシブな側面も窺えるが、相変わらずリリックは内省的かつ示唆に富んでいる。それでいて、今年のコーチェラで見せたパフォーマンスはチアフルでキュートとも言えるもの。たくさんのひまわりを飾りつけたステージはパーソナリティを著しているかのようでもあった。フィービー・ブリジャーズとは互いのステージでコラボし、二人の意思が声になって重なる瞬間は名状し難い感情に。簡単に時代のアイコンにはしたくないけれど、間違いなく今を象徴するアーティストである。
スネイル・メイル
疲れも怒りも穏やかさも。インディースターの成長
スネイル・メイルことリンジー・ジョーダンは前回、2018年に「朝霧JAM」で日本を訪れた時とはまるで別の女性になっているのだろうか。それぐらい1stアルバム『Lush』の「もう2020年代に突入するんですけど、メインストリームの音楽に接点を感じないんだからしょうがないでしょう」と言わんばかりの(そんなことは本人は言ってないが)、10代ならではの剥き出しのイノセンスとローファイなバンドサウンド、まだインディーは生きていた!そんな思いが去来していた頃と、現在の彼女は何が違って何が同じなのだろうか。
それぐらい2021年リリースの2ndアルバム『Valentine』は若い女性にとっての3年の濃度を思わせる。さまざまなインタビューで語られているように、10代で脚光を浴びたことでメンタル・ブレイクダウンしたリンジーはアリゾナのリハビリ施設で外部との連絡を取らずに45日間を過ごし、頭の中で新たな創作に向かっていったらしい。若きインディースターから、さまざまな音像やアレンジをものにし、喜怒哀楽とその間の思いを時に叫ぶ。それでも過剰な印象にならないのは自らの人生を物語のように俯瞰する胆力を身につけたのだろう。共同プロデューサーにボン・イヴェールやワクサハッチーとの仕事でも知られるブラッド・クックを迎えたことも作品の方向性に寄与している。
「Ben Franklin」
どこかアンニュイだったり、ダルなムードもあるけれど、一日の終わりに隣にいて欲しいのは彼女の今のトーンだったりする。それがオーディエンスに開かれた時、どんな作用が起こるのだろうか。
ずっと真夜中でいいのに。
顔出ししないまま女王の座についたポップアイコン
ずっと真夜中でいいのに。はソングライティングを全面的に手掛けるACAねのソロ・プロジェクトだが、本人が顔出しないスタンスを貫いたまま、さいたまスーパーアリーナ2Daysを成功させるに至った。それほどにACAねの作る楽曲のパワーと、さまざまなアニメクリエーターやイラストレーターを引き込む世界観の魅力、そしてそれらが総合的に構築されたライブのぶっ飛んだありようが唯一無二だからだろう。
宅録系の複雑な構成と、邦楽ロックで言えばゲスの極み乙女。以降のマイナー調のファンクとピアノポップスを融合したスキルフルな楽曲そのものの魅力。そして生身の女性像からかけ離れたマシーンライクかつ儚げなボーカル。そんな夢のような声質で〈どうでもいいから置いてった あいつら全員同窓会〉と吐き出されるのだからたまらない。しかも言語としてさまざまなトラップやユーモアも仕掛けられ、どうでも良くない関係を聴き手と交わす羽目になる。
「あいつら全員同窓会」
今回のステージセットがどうなるかはわからないが、これまでエアコンの室外機や洗濯機が大量に並べられたり、架空の廃墟のようだったりする中で、ACAねは扇風機をギターに見立ててノイズを発したり、見たことのないずとまよの世界観が展開される。また、ファンにはお馴染みだが、どちらかと言えば実験的な印象の強い音楽集団Open Reel Ensembleがサウンド、演者両面で重要な役割を果たしていることを意外に思うリスナーもいるだろう。初見かつさまざまなリスナーに何か刺さるポイントが一つや二つは必ずあるステージを展開しているのだ。
中村佳穂
“存在そのものが音楽”は言い過ぎじゃない
表舞台に出たきっかけは映画『竜とそばかすの姫』だったり、millenium paradeのボーカルを務め、昨年末の紅白に出演した事実が挙げられるだろう。だが、それは中村佳穂を語る上でほんの一部の要素でしかない。今年2月に開催した「うたのげんざいち2022」東京国際フォーラム公演はこれまでとは打って変わって、ピアノと歌のみでこの日のためにリアレンジされた、より彼女の音楽の生まれ出る瞬間を疑似体験できるような凄まじい内容だった。しかも知り合ったばかりの上原ひろみをゲストに迎え、あの上原ひろみが中村の即興性の高い歌を支えるようにすら見えたのだ。経験したことのない感情が広がり、同時に空恐ろしくも感じたのは私だけではなかろう。
「アイミル / Hank」 from LIVEWIRE
今年3月リリースのニューアルバム『NIA』は前作『AINOU』以上に中村の歌とポエトリーとお喋りがシームレスにつながり、メロディやビートと共に湧き上がる言葉のユニークさが心を躍らせる。ラップにある程度の型があるとしたら、彼女の言語表現に型と言えるものはない。言いたいことではなく、音が指し示す何かだったり、ある感覚を変換したものが歌詞やタイトルとして着地している印象だ。作家としてもUAのニューEP「Are U Romantic?」に楽曲提供し、新鮮な風を吹かせている。
今回はバンドなのか、ピアノソロなのか、それも現場で知ればいいと思える。モノの見え方が変わるライブになるはずだろうから。
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他にも当然、ヘッドライナーのホールジーはもちろん、ジャパニーズ・ブレックファストやシドなど、2022年に目撃したいアーティストが数多くラインナップされている。あなたの感性に訴えるステージにぜひ出会って欲しい。
text by 石角友香