菅野ヘッケル氏 × 佐藤良成氏(ハンバートハンバート)スペシャル対談「ボブ・ディランを語る」後編
- 2018/06/07 ● Interview
ボブ・ディランの魅力やファンになったきっかけを聞いた前編。それに続き、後編では、詩人・歌人のボブ・ディランについて、それから今年のフジロックについて、そして主に日本のアーティストに及ぼした影響などを聞いた。(前編はこちら)
詩人ボブ・ディランと歌手ボブ・ディラン
花房:ディランのファンって、ディランの歌のことについてよく言及しているイメージがある。例えば、知れば知るほど詩の世界が云々とか、広がっていくとか。歌の意味にインパクトがあったって、よく聞くんだよね。有名な話で、ビートルズがディランの曲を聴いて、“こんなこと歌っていたらやばいよね”とかって話もあるよね。でも僕らはネイティヴではないから歌の意味なんてわからないよね。その辺のところって、二人はどうなの?
ヘッケル:まぁ今でもわからない部分はもちろんあるんだけど、別に内容が事細かにわかる必要って全くないと思うんだよね。ただ、僕が感じたのは、かっこいい言葉を時々発するんだよね、ボブが。例えば、“ライク・ア・ローリング・ストーン”にしたって、How does it feelってかっこいいじゃん。No direction homeとかね。そのくらいだったら、意味も伝わってくるよね。それと、あの声と歌い方によって伝わってくるものが、ものすごいんですよ。例えば綺麗に朗々と、千のなんとかみたいに歌ったってさ、伝わらないんだよ。
一同:笑
ヘッケル:だから、そういう意味で、ボブは詩ももちろんすごく良いものを書くし、内容が良いものも歌うんだけど、何より彼のヴォーカル・パフォーマンスで伝える、その伝え方がすごいと思う。だから、レコードのボブも良いけど、ステージのボブが良いっていうのは、そこにあると思う。
佐藤:同感です。俺よりヘッケルさんの方が詩の内容をわかっていると思うんですけど、やっぱり俺はネイティブじゃないから、さっきヘッケルさんが言っていたみたいに、単語は入ってきたとしても、基本的に歌詞の内容は入ってこないんですよね。ボブ・ディランは、特にノーベル賞も獲ったし、みんな詩人だ、って言うけど、俺はすごい歌の上手い歌手だと思っているんですよ。去年ミュージックマガジンで、文学者としてのボブ・ディランっていう特集があって、それに書かせてもらったんですけど、ボブ・ディランの詩はすごいんだろうけど、日本人の俺たちにはわからない。それでも俺がこんなに好きなのは、声が良くて、歌が上手いんだと。上手いっていうのは、綺麗に朗々と歌うんじゃなくて、うーん、なんて言って良いか本当にわからないんだけど、最も歌が上手いって俺は思うんですよね。それで、ノーベル賞を獲得したことに対して、ディラン本人は、自分の詩は読まれるものではなくて、歌われるつもりで作ったものだ、っていうことを言ったんですよ。それが答えになっているんじゃないかなって思う。その証拠に、今の新しいアルバムが3枚とも、全てカヴァー・アルバムですよね。それって要はボブ・ディランの歌を聴かせるためのものであって、詩人としてではない活動を今やっている時に、詩人としてのノーベル賞をもらっちゃうっていうジレンマだと思うんですよね。
花房:ファンじゃない俺が言うのもおこがましいんだけど、ディランが何かを歌った、ただそれだけで、もう気持ちに入ってきちゃうわけだよね。考えざるを得ない、感じざるを得ないというか。俺ディランのライブって日本で一回しか見たことないんだけど、国際フォーラムだったかな。その時すごくつまらなくて。イギリスでも、ヴァン・モリソンと一緒にやったライブを見ているんだけど、その時も超つまらなくて(笑)。ディランもヴァン・モリソンも俺が俺がって感じで、非常にひんしゅくを買うステージだったんだよね。でも、ディランは気になって仕方ないんだよね(笑)。なんで、アメリカン・スタンダードやるの? とか思うし。
佐藤:つまり、好きだ、ってことですよね?(笑)
ヘッケル:ディランファンの中でも、時代によって、すごい怒りをぶつけた人もいっぱいいるわけだよ。それで、離れちゃうかなと思いきや、また戻ってくるわけじゃん。一回別れたのに気になってしょうがないみたいな(笑)。そういう存在だよね。例えば今回のアメリカン・スタンダードだって、最初に出した『シャドウズ・イン・ザ・ナイト』(注)の時に多くのファンが、オリジナルじゃなくて、なんでカヴァーなんか出すんだって非難の方が多いくらいだったんだけど、それがどんどん続いていくうちに、ボブは歌が上手いんだってみんなが認識するようになるわけだよね。歌っていうのは、単にピッチが良いってだけじゃないっていうのは、誰でもわかっているわけだよ。それでボブが歌っているあのスタンダード曲は、すごく心が動くし、刺激を受けるよね。そういうことがヴォーカリストとしてのパワーだと思う。あのカヴァー・アルバムたちはそれをすごい見せつけていると思うよ。だから、ここ3〜4年のステージって、アメリカン・スタンダード曲を混ぜたステージしかやらなくなったんだけど、コンサート会場でも、そのスタンダード曲に対する反応がものすごく良いわけよ。最近のボブを知らない人たちは、カヴァーなんてやったら、ブーイングが起こるんじゃないかって思う人もいるかもしれないけど、むしろそこに惹かれているファンも多いってことだよね。もちろんオリジナル曲にも惹かれるわけだけど。それがミックスされたステージっていうのは、やっぱりすごいんだろうね。そういう意味では、今のステージっていうのは、とても考えられているよね。5〜6年前で言えば、ボブって毎日、日替わりのセットリストで、何を歌うかわからなかったんだけど、同じ曲でも日によってアレンジが違うとかあったんだけど、スタンダードを出してからは、固定セットリストに変えちゃったわけじゃん。例えば、2年前のオーチャードの時も全部同じだよね。でもね、感動するんだよね。
注)シャドウズ・イン・ザ・ナイト…2014年に発表されたカヴァー・アルバム。
花房:ヘッケルはそういう時って、全日程行くの?
ヘッケル:もちろん!
佐藤:え!? 全日程ですか?(笑)
ヘッケル:日本に来たボブを見逃す手はないだろう。そんな失礼なことはできない。
一同:笑
佐藤:素晴らしい。
ヘッケル:だから今回も迷ったよ、フジロック。この歳になって人ゴミの中でワーワー見るのはどうかなって。スキップしようかなって思ったことはあるが…。
花房:ダメでしょ?(笑)
ヘッケル:ダメだね。やっぱり行くと(笑)。
花房:佐藤くんもディランのライブ、相当行ってるんでしょ?
佐藤:何日かは行くこともありますけど、さすがに全日程は行けてないですね(笑)。でも興味本位で、せっかくゼップでいろんなところに行くんなら、東京のゼップだけじゃなくて、大阪ならどうかな? とか思って行ってみたりとかはしましたね。あ、そう言えば、会場でヘッケルさん、お見かけしたことありますよ(笑)。
花房:若い世代の佐藤くんからして、今のディランの魅力って何?
佐藤:正確なことはわからないんですけど、94年くらいからですかね、バンドのメンバーが固定されつつあるのって。
ヘッケル:今のバンドになったのは2004年じゃないかな。
佐藤:2004年にはかなり固まってますけど、ベーシストだけは、94年からいませんか?
ヘッケル:ベースは、89年からだね。
佐藤:ああ、そうなんだ。トニー・ガルニエですよね。その彼が決まってから、セルフ・プロデュースになってくると思うんですけど、そのあたりから、いろんなことをやっていたけど、いろんなことをやらなくなってきて。それで今のディランに繋がってきていると思うんですけど、サウンドという意味ですごくかっこいいなと思っていて。演奏が素晴らしいっていうか、歌がかっこいい…とか。なんか当たり前のことを言っているな(笑)。でも、そんなことってなかなか無いんですよね。ボブ・ディランクラスの外タレのライブって基本的にショウになっているから、ライブじゃないんですよね。ただ演奏しているだけの本当の意味でのライブってボブ・ディランだけでしか見られないと思っていて。最高のメンバーで、最高の曲を最高の歌手でやっている、そんな良いライブって、一番見たいんですよ。
ヘッケル:全くその通りだと思う。僕も一番感じているのは、ボブって観客に絶対媚びないんだよね。普通日本に来てライブをする人たちって、観客に媚びるって言ったら言い過ぎかもしれないけど、“Hi Tokyo”とかさ、ノせようとしてやるでしょ? でもボブの場合は、一言も喋らないこともあるんだけど、その時のボブの思いをステージでやって、客がどういう反応をするかを確かめるわけだよ。それが受け入れられたら、すごい嬉しいし、拒絶されても構わないとも思っていると思う。客に合わせて自分を変えるってことは、絶対にしたくないっていう姿勢だと思うんだ。だから、そういう意味では、エンターテインメントの世界からはかなり外れるよね。例えば、最近のステージでは、照明ひとつを取っても、ほとんど暗がりなわけだよ。スポットも絶対使わないから、下手したら、ボブがどこにいるかわからないわけだよ(笑)。今度のフジロックがどうなるか楽しみなんだけど、2年前にDesert Trip(注)っていうフェスティバルがアメリカであって、当然ビッグスクリーンも用意されていたんだけど、ボブは使わなかったからね(笑)。モノクロの映像を流すだけだった。フジロックでもスクリーンあるでしょ? だからどうなるんだろうって。
注)Desert Trip…2016年10月7日〜16日にアメリカ、カリフォルニア州で行われた音楽フェスティバル。出演アーティストはポール・マッカートニー、ニール・ヤング、ザ・ローリング・ストーンズ、ボブ・ディラン、ロジャー・ウォーターズ、ザ・フーと考えられない豪華アーティストが集結した。前売り券の売り上げが1億5000万ドル(約150億円)を超え、史上最高の興行収益を上げたコンサートになったと言われている。
フジロックでのボブ・ディランについて
花房:フジロックではどんなステージを期待する?
ヘッケル:いろんな若いアーティストがいっぱい出るフェスティバルでは、僕も見たことないんだよ。でもフェスティバルの時は、セットリストが変わることが多い。去年のツアーでも間にフェスが入ったんだけど、まぁ時間の関係もあったんだろうけど、それまでのセットリストとは全く違って、割と代表曲をたくさんやるんだよね。だから、去年一年間のツアーで、“ライク・ア・ローリング・ストーン”を歌ったのは、そのフェスティバルでの一回だけなんだよね。だから、フェスティバルとなると、若い人たちに向けてちょっとしたサービス精神が出てくるのかもね。だから、多分フジロックでも代表曲をやるかもしれない。アメリカン・スタンダードはやっても1〜2曲とかじゃないかな。そういう違いが聴けるのが楽しみだよね。
花房:フジロックってアーティスト主体で考えていくんだよね。だから、ディラン本人がやりたいことを全部やらせるんじゃないかな。
ヘッケル:単純に考えると、ボブもフェスティバルだと思ってくるだろうから、15曲くらいのセットをやるって言うんじゃないかな。ボブは特にコアなファンじゃなくて、若い世代に聴いてもらうことがすごく嬉しい人だから、新しい年・新しい会場・新しいファン、そこに聴いてもらいたいって言う気持ちがすごくあると思う。だから代表曲を入れてくると思っているんだけどね。だって、コアなファンはもうわかっているわけじゃん? 特に日本もそうだけど、日本で10回やったら10回見に行くのがすごく良いわけですよ。
一同:笑(10回全部に足を運ぶヘッケルさんに対して)
ヘッケル:それは世界中みんなそうだから。だから、公演の最後の方は、カブっているお客さんが幾ばくかいるわけだよ。セットリストが毎回違うならそれでもよかったけど、最近はセットを固定にしているでしょ? それは同じお客さんが来るのが嫌だからって説もあるんだよね。同じ歌しか歌わなきゃもう来ないだろうって(笑)。だからボブはまだ彼の歌を聴いたことがない人たちに、どうやって聴かせてちゃんと伝わるか、っていうのを確かめたいと思うんだよね。だからすごく真剣にやると思うよ。これまでも客の反応がイマイチなときこそ、良いパフォーマンスをしているしね。だからこれまでの日本ツアーとは、少し違ったボブ・ディランが見られると思う。
花房:ディランのことをあまり知らない観客も多いと思うんだけど、予習という意味でおすすめするアルバムってある?
ヘッケル:まぁそういうライブの見方もあるんだろうけど、別にそんな予習なんて僕はいらないと思うけどな(笑)。もっと真っ白な心でフジロックに行って、名前の知ってるおじいさん、ボブ・ディランが歌ったと。それが自分にどういう風に響くかっていうのを確かめる、そういう場であって良いと思うよ。別に無理に好きにならきゃとかね、そんな感じで聴くものじゃないと思うよ。だから全く合わない人ももちろんいると思う。でも大半の人は、生のボブに惹きつけられると思うよ。最初は戸惑うかもしれないけどね。でも絶対惹きつけられる。そういう魅力を持っているから。歌ってそのときのパワーで伝わるか、伝わらないかだから。予習とかじゃなくて、体調だけ管理しておけば良いと思う(笑)。
一同:笑
ヘッケル:当日行けなくなったら、一番悔しいでしょ(笑)。
花房:っと、ヘッケルさんは言ってるけど、佐藤くんはどう?
佐藤:(笑)そうですね、そうは言っても予習をしたい人っていうのはいると思うので、あえてあげるとすると、俺はやっぱりまずは『テンペスト』(注1)を聴いたらいいんじゃないかなと思います。最近出しているカヴァー・アルバムではなくて、最新のオリジナル・アルバムの『テンペスト』からは、フジロックでも演奏すると思うし。あとは、サウンドとしても今の形に一番近いから、馴染みやすいと思います。あともう一枚聴く余裕があるなら、『MTVアンプラグド』(注2)がいいんじゃないかなぁと思います。オリジナルのベスト盤とか聴いてしまうと、やっぱりアレンジが違うとか歌い方が違うと思っちゃうと思うんだけど、『MTVアンプラグド』は、往年のヒット曲が、今のアレンジに近い形でライブとして演奏されているのでいいんじゃないかなぁと」
注1)テンペスト…2012年に発表された35作目のスタジオ・アルバム。
注2)MTVアンプラグド…1995年に発表されたスタジオ・ライブ・アルバム。MTVのアコースティック・ライブの「MTVアンプラグド」企画として、1994年11月17・18日ニューヨークのソニー・ミュージック・スタジオにて、映像と共にレコーディングされた。
ヘッケル:あとね、ボブは今ピアノなんだよ。
佐藤:あ、そうですね!
ヘッケル:今ギターは一切持たない。ステージに向かって、センターよりもちょっと右側にピアノが設置されるから、ほとんどその場所にボブはいる。それで、たまにスタンダード曲を歌うときには、センターに出てきて、何も持たずに歌うっていう。そういう形でライブをしているから、今度のフジロックでアメリカン・スタンダードを歌わないとなると、ピアノの場所にずっといることになるだろうね。
佐藤:横向いちゃってますからね。
ヘッケル:そう。それで、ほとんどの曲は、立って(ピアノを)演奏するんだけど、疲れてくると座るけど(笑)。それで数年前までは、ジャム・バンドっぽい要素がすごくあったんだよね。ピアノがリードして、みんなでセッションみたいな。最近あんまりやってないけど。今回はフェスティバルだから、もしかしたら、そういう要素も入ってくるかも。
佐藤:それ、大事な情報でしたね! 前情報無しで行っちゃったら、チャーリー・セクストンがディランと勘違いするかも(笑)。ギター弾いて目立っているし。
一同:笑
ボブ・ディランが及ぼす日本のアーティストへの影響とは
花房:岡林信康とかも含めてだけどさ、みんな影響受けているよね。高石ともやもそうだし。斉藤哲夫と話したときもディランで、全部変わっちゃったって言ってたし。
ヘッケル:そういう意味では、特に自分で曲を作るなんて人は、影響を受けているだろうね。歌謡曲のスターとかは別としてね。
花房:だって、吉田拓郎なんてずっとパクってたでしょ(笑)。
ヘッケル:まぁパクリというのは、なんとも言い難いよね。そんなこと言い出したら、ディランだって…
花房:ディラン、パクってたよね、いっぱい。
ヘッケル:パクリではなくて、インスパイアされているわけだよ。もともとの歌とか詩があって、それを自分なりにどうやって解釈して、どうやってつなぎ合わせて、新しい自分のイメージで作り出すかっていうやり方が、本来のトラディショナル、あるいはフォーク・ミュージックの原点なわけじゃない。それで、ボブは忠実にそれをやっているだけでね、パクリじゃないわけだよ。それをパクリというなら、みんながボブになれるわけでしょ?
花房:はい。あの、別に文句を言いたかったわけではないんだけど(笑)。
ヘッケル:だから、パクリという言葉はやめた方が良いって話だよ(笑)。ボブは本当に音楽が好きなんだと思うよ。あのラジオ番組(注)もそうだけど。
注)2006年から2009年にかけて、アメリカの衛星ラジオで流れていた、ボブ・ディランがDJを担当していたラジオ番組「Bob Dylan’s Theme Time Radio Hour」のこと。InterFMでも放送され、サイト上では選曲リストが閲覧出来る。http://www.interfm.co.jp/bobdylan/blog/
花房:あれすごかったよね。
ヘッケル:あれは本当に自分の言葉で、解説とかコメントをしていて。誰も知らないような曲をだよ? アメリカン・スタンダードだって、みんなが知っている曲だけじゃなくて、知らなかった曲も紹介していたし。だからすごい量の歌を知っていると思う。
佐藤:最近ウィスキーも出しましたよね(笑)。
ヘッケル:そうだね。
佐藤:それはどうなんですか(笑)。
ヘッケル:ヘブンズ・ドア(注)っていう3種類のウィスキーを出すみたいだよね。
注)「Heaven’s Door」と名付けたオリジナルのウイスキーのこと。バーボン・メーカーのAngel’s Envyと組み、少量生産のウイスキー『ストレート・ライ』『ダブルバレル・ウィスキー』『テネシー・バーボン』の3部作を発表している。
佐藤:それは日本では手に入るんですかね?
ヘッケル:多分手に入ると思うよ。割と高級クラフト・ウィスキーなんだけど。それで、年に一回、限定版で、ブートレグ・シリーズっていうウィスキーも出すんだよね。もともとボブがブートレグ・ウィスキーっていう商標を登録したんだよ。それでそれを見た酒造メーカーがボブにウィスキー会社をやろう、と持ちかけたんだよ。それで今月(2018年5月)できた。
佐藤:あ、それ最近の話なんですね!?
— Heaven's Door Whiskey (@heavensdoorwsky) 2018年4月28日
ヘッケル:まだ日本に入ってきてないけど、間も無く入ってくると思うよ。
花房:話がそれたけど(笑)、ハンバート ハンバートは新作ができたんだよね? ディランの影響ってやっぱり受けているの?
佐藤:そうなんです。7月に発売(注1)になるんですけど。そうですね、ずっとボブ・ディランが自分にとってのかっこよさの基準だったので、書かれていることとか写真とかで知り得た情報、それが間違っていたとしても、情報はそこからしか得られなかったから、レコーディングの仕方とか、いろんなことを真似していたんですね。例えば、ボブ・ディランが一発録りで録っているとか、そういうことを聞けば、やっぱりそうじゃなきゃ! とかって、ずっと真似して作ってきたんです。ボブ・ディランみたいに、ラフだけど勢いがあって、荒っぽいけどかっこいいものが作れたらいいなと思っていたんですよね。それで2013年にアメリカのナッシュビルに行って録音したんです(注2)。その時に、せっかくナッシュビルに行くんだから、ナッシュビルのミュージシャンとボブ・ディランだったらそうやるだろうというやり方で、やるべきだと思って。全曲引き語りのデモしか作らないで、現地のミュージシャンにそれを聞かせて、みんなでセッションしながら、合わせてレコーディングしようと。日本でレコーディングする時も、そういうやり方でしか音を録って来なかったんですが、それでやって見て思ったんですよね。俺はボブ・ディランじゃない。
一同:(笑)
注1)FOLK2…2018年7月25日発売。前作FOLKから2年、ハンバートが影響を受けたアーティストのカヴァーも収録されたコンセプト・アルバム。
注2)チキ・チキ・バン・バン…ミュージカル映画の主題歌カバー「チキ・チキ・バン・バン」、新曲「なんとありがたや」、NHK Eテレ「シャキーン!」提供曲のセルフカバー「ホンマツテントウ虫」を収録。グラミー賞アーティスト、ティム・オブライエンをサウンドプロデュースに迎え、米国ナッシュビルでレコーディングした音源。
佐藤:このやり方はやめようと(笑)。よくよく考えるとボブ・ディランですら、89年までベースが決まってないんですよね。自伝を読んでもわかる通り、すごい良いメンバーを集めてやっても失敗だって思っているわけですよね。それで、それを読んで、あ、ボブ・ディランも俺と同じだ、嬉しいなって思っていても、しょうがないなって思って。今のボブ・ディランのように、何十年も同じメンバーでずっとやっていくなんて、俺にはできないって思ったんですよ。しかもディランのバンドメンバーっていうのは、全員すごい人ばかりじゃないですか。そんなメンバーを揃えて、何十年もやっていて、今のかっこよさがあるわけですから、そのかっこよさは俺の音楽には入れられないっていう結論になったんです。それで、全く逆のやり方をすることにしました。
花房:逆というと?
佐藤:セッションでやってきたやり方ではなくて、自分の頭の中にあるイメージをなるべくメンバーにちゃんと伝えられるように。どういう曲なのかをちゃんとわかるように、打ち込みでしっかりデモを作って、この曲がどういうノリなのかっていうのを全部決めてから、渡すようにしました。
今回のアルバムですが、今年結成20周年なので、全曲弾き語りアルバムを作ったんです。基本、ピアノが一曲、あとはフィドルと歌、それ以外は全てギターなんですけど、全部、ドラム・ベース・ピアノのオケを作って、まずはノリを固めて、ヴォーカルだけを先に録ってしまうんです。それに対して、ギターを入れていったんですね。ボブ・ディランとは全然違う方法で、自分なりにやるしかないなと思ったから。俺はボブ・ディランみたいに歌えないし、ハンバートはメインを佐野遊穂がとっているので、どちらかというとP・P・M的な感じで綺麗にちゃんと練ってという風に、最近はしていますね。だから、影響を受けているか? っていう問いに対しては、すごく影響を受けた結果、真似しても仕方ないっていう結論に至ったってことですね。
ヘッケル:でも、なんか面白そうだね。だって、全部自分でやっているわけでしょ? そこなんだよね。自分でやるかやらないかって全然違うよね。
佐藤:そうですね。
ヘッケル:そういう意味でなんかすごい興味が出たよ。
佐藤:ぜひ聴いてください!
花房:ということは、これまでで一番作り込まれたアルバムになっていると。
佐藤:実はこういうやり方でレコーディングをしたのは、3枚目なんですよ。ようやく慣れてきたっていうか、自分に馴染んできたなっていう気はしています。2017年に出した『家族行進曲』(注)というアルバムがあるんですけど、これはバンド編成で録音していて。これも同じ方法(オケを作ってから、後から乗せる)でレコーディングしたんです。普通だったら、ベーシックとなるドラム・ベースを録音してから、どんどん積んでいく感じだと思うんですけど、その順序は関係なくなるっていうか。逆にドラムを最初に録らなければ、割とドラムが自由にできるっていうのもあって。
注)家族行進曲…音源化リクエスト多数の人気曲「がんばれ兄ちゃん」を始め、アニメ「この素晴らしい世界に祝福を!2」への提供曲「おうちに帰りたい」のセルフカバーなど、いくつもの「家族」の姿を描いた新曲を収録。
ヘッケル:ヴォーカルを聴きながら、ドラムを録るってことになるわけ?
佐藤:そうですね。その時はそういうのが得意なドラマーだったっていうのもあるんですけど。
花房:面白いね、そういう録り方。
佐藤:一曲、細野晴臣さんに弾いてもらったんですけど、歌もドラムも全ての楽器を全部入れた後の録音で、もうなんていうか、「だるまの目を入れる」のと同じ状況ですよね。
一同:笑
佐藤:その前までは、最初に俺が作った打ち込みのすごいシンプルなベースラインだったんですけど、それを最後の最後にベースだけ細野さんのやつに入れ替えたやつを聴くと、それだけで、すごく全体のノリが変わるから、あ、細野さんってこういうノリなんだっていうのがとても良くわかったんですよ。細野さんの持っているベースの間みたいなのが聞こえてきて、すごく面白かったです。
いかがだっただろうか。ボブ・ディランというアーティストに、これほどまでに惹かれる人間がいるということ、そしてそれはもちろんこの二人だけではなく世界中にいるのだろう。それが故に、「Dylanology」であったり「Dylanologist」という言葉が生まれたことにも納得がいく。名曲「風に吹かれて」が半世紀経った今でも歌い継がれているワケが、少しでも垣間見えたのではないだろうか。数多くの伝説を残し続けているボブ・ディランが今年のフジロックにやってくる。それは特別なことなのだ。ただただ、音楽を楽しむこと。歌を聴くこと。余計なことを考えず、ディランの歌声に身を任せてみるのも良い。この先、苗場という大自然の中で、彼の歌を聴くことがあるのだろうか。この機会を見逃す手をあなたは持っているか?
取材:花房浩一
文:紙吉音吉
写真:産後十五
[PROFILE]
菅野ヘッケル
1947年生まれ。63年に初めてボブ・ディランの「風に吹かれて」を聞き、瞬時に虜となる。70年にICUを卒業しCBS・ソニー(現ソニー・ミュージック)に入社。10年間ディラン担当ディレクターをつとめ、78年にライヴアルバム『武道館』を制作。86年に独立し、セヴンデイズを設立。74年にシカゴで初めてコンサートを生で体験して以来、いままでにディランのショーを280回以上見ている熱狂的ファン。現在もディラン関係の翻訳やライナーノーツを執筆。主な訳書は『ボブ・ディラン自伝』、『ダウン・ザ・ハイウェイ−−ボブ・ディランの生涯』など。東京在住。
ハンバート ハンバート
1998年結成、佐藤良成と佐野遊穂によるデュオ。2018年で結成20周年を迎える。2001年CD デビュー。フォーク、カントリー、アイリッシュ、日本の童謡などをルーツに、叙情的でユーモアあふれる音楽は、幅広い年齢層から支持を集める。テレビ・映画・CM などへの楽曲提供も多く、最近ではCM ソング「アセロラ体操のうた」が話題に。現在はハウス食品グループ、ミサワホーム、リンナイのCMがオンエア中。2017年7月には、細野晴臣・長岡亮介らをゲストに迎えたアルバム「家族行進曲」が発売された。2018年7月、結成20周年を記念し新作アルバム「FOLK2」が発売される。
オフィシャルサイト:http://www.humberthumbert.net/