• 菅野ヘッケル氏 × 佐藤良成氏(ハンバートハンバート)スペシャル対談「ボブ・ディランを語る」前編


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    フジロックにボブ・ディランが決まった。このニュースは、業界が震撼したと言っても過言ではないだろう。聞けば、オーガナイザーであるSMASHの代表日高氏の長年の夢であったとも言われている。この記念すべき発表を経て、フジロッカーズ・オルグでは、この対談を敢行した。

    「Dylanology(ディラノロジー=ディラン学)」や「Dylanologist(ディラノロジスト=ディラン学者)」という言葉があるのはご存知だろうか。これらの言葉が誕生したときは、時代背景もあって、賛否両論が語られたようだが、現在では、純粋にボブ・ディランの研究者や熱心なファンを包括して使われている言葉である。

    この対談では、日本でボブ・ディランについて語らせれば、右に出る者はいない菅野ヘッケル氏と今年フジロックの出演も決まっているフォーク・デュオ、ハンバート ハンバートのヴォーカリスト(ギター・フィドル等も担当)であり、ディラン・フリークの佐藤良成氏、所謂前述のDylanologistである二人を迎えた。今年ボブ・ディランを見るつもりなのであれば、読んで損はない対談となっている。逆に、この対談を読めば、現在のディランを見たくなること必至だ。ではさっそく始めよう。尚、この対談の進行は、フジロッカーズ・オルグ主宰、またヘッケル氏の旧友でもある花房浩一によるものである。

    世代の違う二人はそれぞれどうやってボブ・ディランに惹かれたのか

    花房:界隈で、もちろん有名なお二人ですが、初めての人のために簡単な自己紹介をお願いしたいんだけど。ヘッケルってもともとソニー・レコードの人だったんだよね?

    菅野ヘッケル(以下:ヘッケル):そう、1970年かな。単純にボブ・ディランをやりたいからソニーに入ったんだよね。

    花房:それまで(入社するまで)に、ディランにはもうハマってたと。

    ヘッケル:そう。高校を卒業したら、普通に就職しようと思っていたんだけど、やっぱり好きなことした方がいいんじゃないかなって思っていたら、68年にCBS・ソニー(注)ができたんだよね。それでその頃は一般公募だったんだ。僕は会社ができて3年目に入社した。6〜7000人応募があったらしいよ

    注)CBS・ソニーレコード株式会社。現在の株式会社ソニー・ミュージックエンタテインメントの前身である会社。

    一同:えぇ〜!

    ヘッケル:(自分を指差しながら)優秀(笑)。それで、新しい会社だから人がいないわけよ。

    花房:そうだよね、電機のソニーが新しくレーベル始めますよって時代だもんね。

    ヘッケル:うん。それで、旧コロムビアのレーベルを持ってきて始めたわけなんだけど、周りに若いやつなんかいないから、いきなり入ってきた僕が、ディランやりたいって叫んでいたら、お、面白い奴がいるなって。それで担当することになった。そういうラッキーな時代だったわけですよ。

    花房:ヘッケルの世代って「ディランすごい!」っていう世代だと思うんだけど、それって何がきっかけだったの?

    ヘッケル:世の中の流れとしては、例えばビートルズとかに比べれば、ボブのファンなんてその1/10くらいの知名度だったわけ。もともと僕はフォーク・ミュージックが好きだった。日本で当時フォーク・ブームがあったでしょ。P・P・M(ピーター・ポール&マリー)とかジョーン・バエズとか。ありきたりのそういうのを聴いたりしていたんだけど、“風に吹かれて”も当時流行っていたんですよ。それで、高校一年生の秋かな、ラジオでたまたまボブ・ディランのオリジナルの“風に吹かれて”が流れたんです。その瞬間、あの声に惹かれたんだよね。あの声が美しいとかじゃなくて、高校生の僕に人間をすごい感じさせたんだよ。それで瞬時に、この人は何だろう? って反応して。そこからたくさん聴くようになっていったっていう。

    花房:そっか。時代的に言えば60年代のあの頃って、フォーク・ブームはアメリカでもあったけど、基本的に白人の音楽がベースで、綺麗な音楽だったよね?

    ヘッケル:そう。美しいハーモニーで歌うのが当時の基本だった。日本で言えば、例えばマイク真木さんの“バラが咲いた”とかね。森山良子さんとか出てくるわけだけど、みんなやっぱり美しく綺麗に歌っているよね。グループも多かった。キングストン・トリオとかブラザーズ・フォーとか。だから、ボブ・ディランのオリジナルが当時ラジオでかかることは、ほとんどなかったんだよね。ちょっとマニアックなラジオとかだと、オリジナルを聴いてみましょう、なんてことがあって。そこで初めて聴いた。その瞬間から(ファン)だから、長いよね(笑)。

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    花房:でもさ、ここまで好きになるって、声のインパクトだけじゃないでしょ?

    ヘッケル:そうだね、もう一つはルックスだよね。ボブってきちっとしてないっていうか、ものすごくラフでしょ? 僕が好きになった頃は、日本でもレコードはまだ出てなくて。一番最初に出たアルバムって65年だから。その当時のジャケットって、ボブ自身は22〜3歳なんだけど、写真自体はウディ・ガスリーを意識したような感じで。そんなアーティストって他にいなかったんだよね。そこにもすごく惹かれたよね。だからまず声に惹かれて、顔に惹かれて。

    それで、当時って情報ないから、ボブが65年でアコースティックをやめて、ロックをやってて、オートバイで事故したとか、そういう情報なんて、ずっと後から知るわけ。それを知らずに中学、高校くらいの僕は、せっせと日本コロムビアにボブ・ディランって人のレコードを出してくださいなんて手紙を書くわけですよ(笑)。そんなことをしている時代だった。

    それで大学に入ってできた友達が、オリジナルの『ブロンド・オン・ブロンド』(注)を持っていて。これだよーなんて聞かせてくれたんだけど、それまためちゃくちゃかっこいいわけ。それでジャケットのチェックのマフラーを買うわけなんだよね(笑)。ファンなんてミーハーだから、まずは格好から入るよね。僕なんてミュージシャンでもなんでもないわけだし(笑)。

    ブロンド・オン・ブロンド

    ブロンド・オン・ブロンド

    注)ブロンド・オン・ブロンド…1966年に発表した7作目のスタジオ・アルバム。ローリング・ストーン誌が選んだ「オールタイム・グレイテスト・アルバム500」(2012年版)において9位にランクインした。

    花房:なるほどね。ヘッケルはそうやってハマっていったんだけど、佐藤くんは、あれ今いくつだっけ?

    佐藤良成(以下:佐藤):今年で40歳になります。

    ヘッケル:40歳ってことは、ボブが武道館で初来日じゃない?

    佐藤:78年だから、そうですね。

    ヘッケル:あのライブアルバム(後述あり)を作っている時に産まれたんだよ〜!(笑)

    花房:時系列がディランありき(笑)。そう、だから、二人とも世代がこれだけ違うよね。佐藤くんは、どういうプロセスでディランに出会っていったの?

    佐藤:今ヘッケルさんの話を聞いていたんですけど、結構同じです。30年違っても、“あぁ同じように知って、同じように好きになるってあるんだなぁ”って思いました。もちろん、俺が好きになったタイミングは、リアルタイムではないので、(ディランが)流行していたものではなかったんですけど。きっかけという意味では、俺も同じで。ブラザーズ・フォーとかを親父が聞いていたから、最初にフォークを聴くようになって、P・P・Mとかキングストン・トリオとかもそれで聴いて。だから“風に吹かれて”を聴いたのもそっち(彼らのカヴァー)が先だったんです。それで高校生くらいになってから、ディランのオリジナルを聴いて。聴いた当初は、かっこいいんだけど、そのかっこよさを理解できなかったんですが、ずっと聴いていくうちに、ああ、こっちの方が全然かっこいいって気がついたんですよね。今僕らがやっている音楽は、女性ヴォーカルの綺麗な感じでやっているんですけど(笑)、やっておいて言うのもなんですけど、子供の頃から(上述のような)ラフな感じが好きで。もちろんP・P・Mみたいな綺麗な音楽も好きなんですけど、ボブ・ディランのかっこよさに気がついてからは、ずっとボブ・ディランばっかりですね。今ヘッケルさんの話を聞いていて、やっぱりマフラーの巻き方とかマネしますもん(笑)。必ず横で巻く! みたいな。あの巻き方はしばらく真似していましたね(笑)

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    花房:一番最初に手にしたディランの作品ってなんだったの?

    佐藤:世代が違うから仕方ないんですけど、僕はベスト盤でした。最初のベスト盤『ボブ・ディランのグレイテスト・ヒット』(注1)。ここから入って、中学生の時って、その頃インターネットも無いし、ディランも流行ってないから、なかなか情報もなくて。だからまずはベスト盤を手にして、そのあとは、『ジョン・ウェズリー・ハーディング』(注2)だったかな。中学生とか高校生って買える枚数が限られているから、とにかくこのアルバムを頭から終わりまで、好きになるまで聴き込むみたいな感じで。

    グレイテスト・ヒッツ Vol.1

    グレイテスト・ヒッツ Vol.1

    ジョン・ウェズリー・ハーディング

    ジョン・ウェズリー・ハーディング

    注1)ボブ・ディランのグレイテスト・ヒット…1967年に発表したベスト・アルバム。
    注2)ジョン・ウェズリー・ハーディング…1967年に発表した8作目のスタジオ・アルバム。

    花房:好きになるまで聴くっていうのは…?

    佐藤:はじめはやっぱり、ちょっととっつきにくいところがありましたよね。なんか今思えば、もうちょっと花のあるアルバムなら、良かったんでしょうけど(笑)、ディランの中でもなかなか花の無いアルバムだから、もちろんいい曲はいっぱいあるんだけど。それで、好きになるまでずっと聴いていたら、ヘッケルさんも言っていたように、歌に対してシンプルに歌っているところがいいなぁって思ったんですよね。歌を必要以上に飾らないっていうか。ただただその曲を歌っているっていうか。そういうのをずっと聴いていくうちに、ボブ・ディランの良さが少しずつわかってきて。

    花房:ディランってさ、今でこそ神のように崇められている感じがするんだけど、当時ってあんまり人気がなかったような気がするんだよね。

    ヘッケル:僕がソニーでディレクターをやっていたとき、洋楽の中でもトップではなかったね。僕の時代で一番売れたアルバムっていうのは、『デザイア(欲望)』(注)。

    欲望

    欲望

    注)欲望…1976年に発表した17作目のスタジオ・アルバム。

    佐藤:へぇそうなんですか!

    ヘッケル:あれは発売して、半年くらいで20万枚売れたかな。

    花房:すごいね。

    佐藤:でも、決して売れてはいないですよね(ディランとしては)。

    ヘッケル:ただ、当時としてはね、レコード会社の担当から言わせると、ディランっていうのは、名前はでかいけどレコードがあまり売れないっていうイメージが強かったんだよね。その中で、アルバムがそれだけ売れたってことで、“おぉディラン売れるんだな”ってなったんだよね。例えば、みんな “ライク・ア・ローリング・ストーン” っていうけど、日本でシングルヒットしていないわけですよ。アメリカではチャートの1位、2位になっているわけじゃん。だけど日本のチャートで、洋楽に限ったとしても、(ディランが)1位になったりはしていないんじゃないかな。その後の歴史がどんどん重なって“ライク・ア・ローリング・ストーン”はディランの最大のヒット曲だ、ってみんなが知るようにはなったけど、現実には当時1位になったわけではない。

    花房:その頃って俺がまだ高校生か大学生くらいなんだけど、ディランの曲がヒットチャートに出てきたのって、“ハリケーン”と“コーヒーをもう一杯”がヒットした記憶があるんだよね。

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    ヘッケル:だから『デザイア』だよね、『デザイア』に入ってる。

    佐藤:“ハリケーン”って8分くらいありましたよね? あれがシングル盤って(笑)。

    ヘッケル:AB面で回るからね。

    佐藤:え! 1曲でAB面なんですか? 途中で切って!?

    ヘッケル:そう。

    一同:

    佐藤:ですよね、だってシングル盤に入りきらないから(笑)。あれがシングルでヒットしたんですね。

    CBSソニー時代のヘッケル氏、そしてボブ・ディラン初来日へ

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    花房:ヘッケルってさ、あの武道館のライブ・アルバム(注)を作ったわけでしょ? 78年だっけ。それまでの日本でのライブ・レコーディングっていうのは、俺の記憶では、ディープ・パープルとかシカゴとかなんだけど…。

    At Budokan [Live In Japan, February, 1978]

    At Budokan [Live In Japan, February, 1978]

    注)Bob Dylan at Budokan…1978年に日本武道館で行われたボブ・ディランの日本公演を記録したライブ・アルバム

    ヘッケル:あと僕がやったのは、ドノバンとかあるね。

    花房:じゃあ、日本でライブ・レコーディングするっていう下地はあったんだ?。

    ヘッケル:当時のソニーの状況から言うと、外タレが来日してライブをするって言うのは、すごい珍しいことだったんだよね。だからなんとかライブ盤を録ろうという風潮はあった。だから来日する大体のアーティストには交渉していたと思う。

    花房:海外アーティストから、当時の日本のレコーディング技術的な問題の指摘はなかったの?

    ヘッケル:それはなかったんじゃないかな。あんまりそういうのって、当時は気にしてないっていうか。だから、ディランのライブ・レコーディングも4チャンネルのレコーダーを二つ並べて録ったのかな? 当然足らないんだけどさ、でも8チャンネルしかなかったんだよ。まずボブに2つ使うからね(笑)。なかなか大変ですよ。僕が担当した時は、まだ入って5〜6年とかで、音楽機材についてそこまで詳しくはなかったから、詳細を把握してなかったけど。ただ、(当時の技術として)音響的には良く録れた方じゃないかなって思っている。

    花房:それは、すべてヘッケルがアイデアを出したわけだよね?

    ヘッケル:そうだね、ライブを録りましょうっていうのは僕の案だね。最初はそんなの絶対OK出るわけないって思っていたんだけど、交渉したらOKしてくれて。しかも、来日してからOK出たんだよね」

    一同:えぇ〜!?

    ヘッケル:当時の2/20が初日だったんだけど、2/18にボブが来日して、そこから本人と話をしたんだよね。その時からすでに、いろんな物事の最終決定は、ボブ本人がするってなっていて。もちろんこの件は、周りのスタッフに交渉はしていたんだけど、日本に入った時に直接本人に確認してくれっていう流れになっていた。それで、いいよ、ってなって。

    花房:録音したのは、一つのステージだけ?

    ヘッケル:いや、3日分録音する予定ではあったんだけど、実際には2日分しか録ってない。2日間録った段階で、ボブがこれでいいだろ? って(笑)。

    花房:レコーディングされたものは、当然ボブは確認しているんだよね?

    ヘッケル:完成されたものはね。

    花房:前段階は聴いてないんだ?

    ヘッケル:あのアルバムに入れなかった曲に関しては、聴いていないはず。テストカットしたラッカー盤ができたときに僕が直接渡したんだけど、ジャケットは二種類持っていたんだよね。どっちが気にいるかわからなかったから。一つは笑った顔のやつ、もう一つは発売されているジャケットのやつ。そしたら、その3日後に、このまま出して良いよって返事をもらって。

    花房:本人から電話がくるの?

    ヘッケル:いや、面と向かってよ。ロサンジェルスでボブと向かい合って、二人だけで座って。

    花房:その入れなかった曲、聴きたいよね。

    ヘッケル:詳細は言えないけど、今そう言う計画も無いとは言わない。記憶に限れば、無いとは言わない(笑)。

    一同:

    ヘッケル:最終的には、それもボブ自身が良いよって言わない限り、周りがどれだけ出したいって言ってもダメなんですよ。だから今、そういう段階まで行っていることは確か。せっかく2日間録音したのに、当時のLPだと入らなかったっていう曲があるわけよ。だからそういうものをね、コンプリート・武道館っていう形でいつか出したいなって思ってはいるんだけど、なかなかね。

    花房:それはみんな聴きたいよね。あのレコードは、俺がロンドンに行っている時に安い店で買ってさ。それポルトガル盤なんだけど(笑)。どうもコピーしたみたいなジャケットで、超汚いんだけど。この間それをまた聴いていて思ったんだけど、すごい長いよね。片面が30分くらい?

    ヘッケル:27分。

    花房:ね、パンパンに入っているよね。

    ヘッケル:一秒の争いだからね(笑)。当時の技術的には、30分が限界で。本来は22〜3分にしてくれと。そうしないと、安いプレイヤーで聴くと針が飛んじゃうんだよ。クレームがいっぱい来ちゃうから。でもそこをなんとか入れてくれって。曲は減らせないから。だから27分ギリギリまで詰めた。

    花房:それが出たのは佐藤くんが産まれた年だって言うけど、聴いているんだよね?

    佐藤:そうですね。だけど僕は全部CDですから。

    ヘッケル:あぁ、そっか。そりゃそうだよね。

    佐藤:片面とか裏面とかっていう発想では全然わからないんですよね。自分で買うようになってからという意味では、もちろんレコードは持っていますけど、子供の頃、家にはボブ・ディランのレコードはなかったですね。

    花房:そのディランのアルバムは、世界的に売れたんだよね?

    ヘッケル:そうだね。ビルボード・チャートで、14〜15位? くらいだったかな。

    花房:日本でのライブ盤がそこまで売れたのって…

    ヘッケル:あんまり無いんじゃないかな。

    花房:そうだよね。俺が聞いた話では、ディランのそのライブ盤のおかげで、日本に行って武道館でレコーディングするっていうのが、ある種のステータスと認知されたって。

    ヘッケル:そういう意味では、さっきのポルトガル盤もさ、正規盤じゃないかもしれないけど、いろんなところで出てるから、すごいよね。

    花房:今振り返ってみて、自分でやった仕事で、すげぇな俺、ってなるでしょ?(笑)

    ヘッケル:(笑)全部任せてくれたっていうのが、一番嬉しいよね。要するにミキシングから選曲から、全部僕の好みでやってよかったわけだから。当時の僕としては、『Hard Rain』(注)っていう、その少し前に出たライブ・アルバムに近い音を作りたかったんだよね。本当はドラムがもっとバァーンと出て、ガチッとソリッドで。でもさっき言ったみたいに、チャンネルが限られているから、ちょっとそこまではできなかったんだけど。それでも、100%僕の好みをエンジニアに伝えて、彼がそれをミキシングしてくれたんだよね。他にも選曲もそうだし、ジャケットも全部。担当していた中で、そういうアーティストって他にいなかったよね。他の外国のアーティストだと、外国で全て作って、パッケージされたものが日本に来て、それを出すって感じなんだけど、僕の場合は100%日本だから。しかもそれがボブっていう。それに関われたってことが嬉しい。

    Hard Rain

    Hard Rain

    注)Hard Rain…1976年に発表されたライブ・アルバム。1976年4月からスタートした、“第2期”「ローリング・サンダー・レヴュー」の5月16日公演から4曲、5月23日公演から5曲が収録されている。

    花房:今更ながら、、、、先生!

    一同:

    花房:俺が知っている中で、ディラン関係のものを見ると、ほとんど全部ライナーをヘッケルが書いているよね?

    ヘッケル:新しく出てくるものに関しては、だいたい僕が全部書いているね。

    佐藤:今日はヘッケルさんと対談するってことで、自伝を再読して来たんです。これ、すごい面白くて、もう10年以上前ですよね?

    「ボブ・ディラン自伝」ボブ・ディラン 著、菅野ヘッケル 訳

    「ボブ・ディラン自伝」ボブ・ディラン 著、菅野ヘッケル 訳

    ヘッケル:そうだね。2005年とかじゃないかな。契約では三冊やってるんだよ(注)。

    佐藤:ですよね(笑)。あれVOLUME ONEって書いてあるから。あとがきに、二作目、三作目が楽しみだって書いてあるから(笑)。

    ヘッケル:世界中が待っているんだよ(笑)。

    佐藤:それでこれってとても面白くて、今回再読した時、初めての時には気がつかなかったこととかも気がついたり。情景が事細かに書かれているし。

    ヘッケル:ボブは記憶力、めちゃくちゃ良いんだよ。だって、40年前のニューヨークの友達の家の本棚のこととか書いてるんだよ?(笑)。まぁ誰もそれを本当かどうか検証しようがないんだけど。記憶力があるのか、メモを取っていたのか。これも後で公開されるのか?(笑)。

    一同:

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    花房:そのためのネタを仕込んでいるのか?(笑)。

    注)実際には一冊しか出ていないが、上述のようにヘッケル氏は次巻の編集を待っている。出版社とのせめぎ合いを感じる1シーンであった。

    (後編へ)

    前編はここまで。ボブ・ディランというワードだけで、とても盛り上がる二人をわかっていただけたと思う。後編では、詩人、歌人のボブ・ディランについて、それから今回のフジロック出演についてなどを聞く。

    取材:花房浩一
    文:紙吉音吉
    写真:産後十五


    [PROFILE]

    菅野ヘッケル
    1947年生まれ。63年に初めてボブ・ディランの「風に吹かれて」を聞き、瞬時に虜となる。70年にICUを卒業しCBS・ソニー(現ソニー・ミュージック)に入社。10年間ディラン担当ディレクターをつとめ、78年にライヴアルバム『武道館』を制作。86年に独立し、セヴンデイズを設立。74年にシカゴで初めてコンサートを生で体験して以来、いままでにディランのショーを280回以上見ている熱狂的ファン。現在もディラン関係の翻訳やライナーノーツを執筆。主な訳書は『ボブ・ディラン自伝』、『ダウン・ザ・ハイウェイ−−ボブ・ディランの生涯』など。東京在住。

    ハンバート ハンバート
    1998年結成、佐藤良成と佐野遊穂によるデュオ。2018年で結成20周年を迎える。2001年CD デビュー。フォーク、カントリー、アイリッシュ、日本の童謡などをルーツに、叙情的でユーモアあふれる音楽は、幅広い年齢層から支持を集める。テレビ・映画・CM などへの楽曲提供も多く、最近ではCM ソング「アセロラ体操のうた」が話題に。現在はハウス食品グループ、ミサワホーム、リンナイのCMがオンエア中。2017年7月には、細野晴臣・長岡亮介らをゲストに迎えたアルバム「家族行進曲」が発売された。2018年7月、結成20周年を記念し新作アルバム「FOLK2」が発売される。
    オフィシャルサイト:http://www.humberthumbert.net/

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