フジロックゆかりの地と人を巡る、アナログレコードの物語
- 2023/07/13 ● from fujirockers.org
レコード会社でもないfujirocker.orgが初めてリリースした7インチ・シングル、両A面で作られた『田舎へ行こう!〜Going Up The Country (c/w) 苗場音頭』。みなさん、手にとっていただけましたか?
この、無謀とも思えるアイデアが生まれたのは昨年のフジロックが終わった頃。当初は「無理じゃないの、レコード会社でもないのに…」と思いつつも、「トライしないでどうする?」と動き出したのは昨年の冬でした。幸いなことに、音源の権利を持っている、忌野清志郎のマネージメントと苗場観光協会のみなさんから、「レコードを作らせてください」という私たちのリクエストに対し、快い承諾をいただいて、話がトントン拍子に進んでいきました。
それから数ヶ月、いろいろなことがありました。まず考えたのは盤の色。一般的にレコード盤は黒と相場が決まっているんですが、それじゃぁつまらないと、クリア・グリーンに決定。一時、同じものができない、いろいろな色が混ざった、ちょっとサイケデリックなマーブルも考えたんですが、会場となる苗場のイメージを考えると、まずは思い浮かべるのが緑に溢れた風景でした。加えて、輝く太陽の光から受け取る透明感も加えたいと、これこそがベストではないかというのがスタッフに一致した思いでした。
さて、じゃぁ、レーベルはどうしよう… まずは思い浮かべたのがこの歌を生み出した忌野清志郎氏と日高大将がこよなく愛するソウル、R&Bの名門レーベル。そのシングルで使われていたロゴへのオマージュとなっています。好き者には一発でわかると思いますが、これをきっかけに、そこから生まれた名作の数々にも耳を傾けてほしいという想いも込められています。なお、レコードとのセット販売で作ったTシャツには、そのシングル盤のレーベルをプリント。単独で購入するよりはお得な値段設定としています。
そして、ジャケットをどうするかで話が二転三転。関係する全ての人たちが納得して満足できる作品にするのが大前提というので、何度も何度もメールのやりとりをして、発売日前ぎりぎりに商品が届くデッドラインの日に入稿となりました。
先月23日に発表されたプレス発表でも簡単に説明されていますが、A面ジャケットに使われているのは2005年のホワイト・ステージで捕らえられた忌野清志郎のライヴ・ショット。撮影したのは札幌で活動する写真家で苗場でフジロックが開催され始めた頃からのスタッフ、畑瀬Q太氏の作品となります。そして、AA面のジャケット写真は2012年の前夜祭を捕らえたショットで、撮影しているのは現在ニューヨーク在住のスペイン人写真家、Julen Esteban-Pretel。なんと経済学の准教授でもある彼が東京大学などで教鞭をとっていた頃、fujirockers.orgに加わっています。後に彼が、CrossfaithやSiMといったバンドのツアーに帯同して撮影活動。2019年には『Tour Dream』という写真集を発表しているので、彼らのファンであればご存知の方も多いはずです。
このレコードのプロモーションの一環として、「オリジナルなプロモ映像ほしいねぇ」 というので、お願いしたのはかつてfujirocker.orgのスタッフとして、RCサクセションの名曲『雨上がりの夜空に』のフジロックカーズ・ヴァージョンを作り上げた藤井大輔氏。現在はフジロックの公式映像チームをリードする彼が素晴らしい編集で、この歌の魅力を伝える映像を生み出してくれました。ありがとう。
すでにお伝えしていますが、このレコードを一般のレコード屋さんで購入することはできません。私たち、fujirockers.orgによる、手売りを含めた直接販売とウェッブを通じてのみの通販が可能となっています。ですから、もし、購入をご希望の方は、こちらのウェッブ・サイトで注文していいただければと思います。あるいは、例年フジロックの会場で、フジロッカーズのミーティング・ポイントとして機能しているフジロッカーズ・ラウンジでも、もちろん、販売する予定です。
なお、契約の関係で追加プレスすることはありません。完全な限定盤となっていますので、お早めに購入していただければと思います。また、お得なTシャツとのセット販売ですが、Tシャツがほぼ売り切れ状態。追加発注しているんですが、若干数にとどまりますので、ご希望の方はお早めの注文をお願いします。
このレコードの実物が初めて一般に披露されたのは、先の7月1日。苗場で開催されたボードウォーク・キャンプでした。ここに収められた『苗場音頭』が生まれたその町で、作業に加わったみなさんと一緒に、リリース・パーティとなりました。そして、けっこうな音量でこの曲を流しながら、公式発売直前の先行販売。なによりも、苗場を、フジロックを愛する人達に真っ先に実物をお届けしたかったという思いもあったので、夢が現実になったような嬉しさを感じたものです。
「地元の人達はみんな知ってるし、歌っているんです。小学生の頃から、学校でも習っていて…」
なんて話も伺いながら、地元のみなさんがこのシングルの復活を喜んでいるのがひしひしと伝わってきます。そして、この曲をターンテーブルにのせてパーティとなったんですが、さすがに強者フジロッカーズが集まってくる場所なんでしょうね。大騒ぎになって、何度も何度も同じ、AA面に収められている『苗場音頭』を流すことになります。
「都会に生まれて… 田舎を知らない私たちにとって、毎年のようにフジロックに、苗場にやって来るのは、年に一度、田舎へ帰るようなものなんです」
この日、雨にもかかわらず、たくさん集まってきたボランティアのフジロッカーたちと話をしながら、そんな言葉を何度か耳にしていました。おそらく、そんな意味を雄弁に語ってくれるのが、A面に収められた忌野清志郎の『田舎へ行こう!〜Going Up The Country』なんでしょうね。フジロックを生み出した日高大将が彼にお願いして、どこかで一緒に作ったとも囁かれるのがこの曲。これが、フジロックの初日、グリーン・ステージから聞こえてくると、「来たぁ!」って気持ちになるのは、おそらく、みなさん、同じだと思います。この日も、どこかでそんな気持ちを共有できたような気分でした。
そして、翌日は、東京は神楽坂で、ヴェテラン・フジロッカーが続けるバー、K.WESTでもリリース・パーティ。フジロックをこよなく愛する人達が集まる、小さなイヴェント、フジロッカーズ・バーで実物のレコードが披露されたんですが、嬉しかったのは、『苗場音頭』を歌っていた歌手、円山京子さんの愛娘が遊びに来てくれたことですね。苗場のみなさんが、彼女を探し出してコンタクト。残念ながら、歌っているご当人は数年前に亡くなられて、このシングル復活を目の当たりにすることはできませんでした。それでも、この曲がフジロックの前夜祭で大人気となっていることはご存知だったようで、とても喜んでいたと伺っています。
他界される前まで新宿歌舞伎町で『花車』というバーを経営されていて、カラオケで自慢の喉を披露していたとか。また、ここは写真家、アラーキーお気に入りのバーで、彼が撮影した写真や記事の切り抜きなどもお持ちいただきました。生前、つながりができていたら、フジロックにもご招待して、やぐらで歌っていただきたかったなぁなんて思いもあります。ただ、娘さん曰く、「本人はやりたがっていたようだけど、もう、昔の声は出ないから、無理だって、話してたんです」なんてことも耳にしたような。
このプロジェクトを触発したのは、フジロックの会場でアナログ・レコードが大好きな音楽ファンが集まっていたレコード・コレクターでDJのJim WestのVinyl Nasium。後にこれがブルー・ギャラクシーへと発展したんですが、この影響でフジロッカーズ・バーが全国へと広がり、レコード好きを増やしてきました。その声を反映したのがこのプロジェクトです。が、残念ながら、コロナの影響がまだ響いているのか、これが今年復活するという話は届いてはいません。ですから、僕らが生み出したレコードで遊べる場が今年のフジロックで姿を見せる可能性は限りなくゼロに近い状態です。
でも、なにかできないか、知恵を絞り出しています。いずれにせよ、可能だとしたら、みなさん、おなじみのフジロッカーズ・ラウンジがその場所となります。なにはともあれ、遊びに来てください。レコードの実物を手に、いろいろ思いを巡らせてくれてもいいし、円山京子さんの生前の姿を伝える資料の展示も計画中。フジロッカーズ・バーの仲間たちもなにかを画策しているようです。
Text by Koichi Hanafusa