• “ワールド・ミュージック”を訪ねて何マイル? ーアフリカ編ー


    T.I.A- “This is Africa”

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    アフリカの魅力を象徴する言葉として、“T.I.A”という言葉がある。“This is Africa”の略だ。アフリカで予想外の出来事に出会ってもアフリカだから仕方がないという諦めと、トラブルも楽しもう、これこそアフリカだ!という気持ちも表している。自然と音楽の両方に圧倒される天気が悪い時のフジロックに似た感触かもしれない。

    新型コロナウイルスの影響で自由に渡航が難しい今、“アフリカは遠い、生きている間に訪れることはない”、そう考える方も多くいることだろう。しかし、私たちにとって身近な携帯電話に必要なレアメタル、チョコレートやコーヒー、バラの花、そしてダイヤモンドはアフリカから来ているものが多い。広い大陸には単に“アフリカ”と一括りにできない多様な文化や音楽があって、良くも悪くも魅力的で刺激的だ。一度その大地に足を踏み入れて魅力に囚われれてしまうと、そこから抜け出すのは難しい。

    フジロックでもアフリカのアーティスト(西アフリカよりトゥアレグのTinariwen(フジロック’11)、ナイジェリアよりSeun Kuti & Egypt 80 (フジロック’12)トーゴ出身のVaudou game(フジロック’19)など数多く出演していて、オーディエンスに強い印象を残しているのは間違いない。今回は、仕事で東アフリカの国ザンビアに行く機会の多いfujirockers.orgのスタッフが、アフリカで出会った音楽、そしてご飯を合わせて紹介。お付き合いください。

    エチオピアを含む北アフリカは音楽の宝庫で、Jazzから現地のフォークソングまで様々。

    伝統音楽からJazzまで多様なエチオピアの音楽

    様々なルートがあるが、昨年は日本から香港、そして北アフリカ地域に接したエチオピアのアディス・アベバを経由して、東アフリカのザンビアへ。

    香港からタイを経由してエチオピアまでのおよそ10時間に及ぶ長い航路で、オンデマンドの音楽には当然Ethiopian(エチオピア音楽)のグループがあった。エチオピアを含む北アフリカの音楽はJazzから地元民謡まで豊富。

    エチオピアのMulatu Astatkeは”Ethio Jazz”の生みの親と言えるアーティスト。彼のJazzの作品のみならず、イギリスのJazz FunkグループのHeliocentricsとのコラボレーションも素晴らしい。

    Mulatu Astatke x The Heliocentrics

    次にオンデマンドにあった、Krar(クラール)という琴のような弦楽器の奏者であり歌手のAsnakech Worku(アスナケッチ・ウェルク)をご紹介。クラールの弦の振動に合わせた儀式を思い起こす歌声である。下記のアルバムはサイケデリックフォークといった趣で、“First lady in Ethiopian music”とされるのもうなずける。

    Asnakech Worku “Adnakech”

    北アフリカのモロッコも素晴らしい音楽が沢山。

    作家のポールボウルズが1959年に録音したコンピレーションアルバム。北アフリカゆえか、中東のニュアンスも持った音楽達。安っぽい表現ではあるが、エキゾチックな音楽。

    西アフリカは世界的に活躍するグループも多い

    トゥアレグはギター音楽から伝統音楽まで幅広く人気がある

    銀細工や青の衣装で有名なトゥアレグ族。サハラ砂漠周辺のサヘルと呼ばれる地域に定住地を持たず移動生活を続けてきた歴史がある。カプチシンスキ作の20世紀後半のアフリカに関するルポルタージュ“黒檀”では、彼らが無法者のように書かれているが、彼らは独創的で、かつ非常に器用だ。フジロックにも出演したTinariwenや砂漠のJimi Hendrixと呼ばれるMdou Moctorなどを輩出している。Group Ineraneはリビアの難民キャンプで始まったトゥアレグによるレベルミュージックだ(リビアの難民キャンプで結成し、グループのギタリストの片割れが戦死している)。砂漠ガレージロックといった感じでザラリとした音質がたまらない。

    Tinariwen
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    Mdou Motor

    Group inerane
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    女性グループLes Filles de Illighadad(KEXP出演、全米公演も行う)も素晴らしく、現地のフォーク(rural folk)を融合したもので必聴だ。アルバムに収録されている曲“tende”は長く続くサヘルの平和を願う祈りの歌のようでもある。

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    伝統音楽が素晴らしいマリ・ブルキナファソ

    ブルキナファソは伝統音楽として素晴らしいものが多い。Sublime frequencies(レーベル)から数多くリリースされている音楽は、現地の音楽をそのままパッケージして我々に届けてくれる。

    Burukina Faso: Volume 1 (Sublime frequencies)

    ブルキナファソ南西部のLobi族のバラフォン(木琴の下部に瓢箪がついている写真の楽器)やシロフォン(木琴)の音楽。

    Toumani diabate

    マリの親子(Toumani & Sidiki diabate)でグラストンバリーにも出演しているコラの奏者。フジロックではアトミックカフェにてコラを体験する機会がありました。

    目的地ザンビアへ

    20時間あまりの時間を経て、ザンビアの首都ルサカに到着。入国審査でいつも通り1時間ほどかかり、ドルを現地の通貨クワッチャに換金してから、タクシーを捕まえ1日目の宿まで向かった。タクシーからはボブ・マーリーのslave driverが流れていた。あとで聞いたのだが、今ザンビアの音楽はボブマーリーのような“ラスタ”と呼ばれる人たちのものが勢いがあるらしい(現地人談。本当か不明)。

    ただただ広い空港。遠くに建設中の中国資本の新しいターミナルが見える。

    ただただ広い空港。遠くに建設中の中国資本の新しいターミナルが見える。

    銅はザンビアの経済を支えている重要な資源である。豊富な銅を求めて海外資本が入っている(現在は中国資本が多い)。

    ザンビア生まれのムズング(白人)Michael Bairdの主宰するオランダのSWP recordsからは東アフリカの様々なアルバムが発表されている。

    同レーベルからは、植民地時代の1950年代の北部ザンビアからコンゴ民主共和国の南部の銅山(コッパーベルト)周辺から生まれた労働者のギターフォークのアルバムが発売されている。過酷な労働の合間に生まれた音楽であると察するが、収録曲の持つリズムはスキップを踏むような明るさを持っている。

    バスで首都から地方都市へ

    到着したその晩に大雨が降り出した。雨季が終わってから一度も雨が降っていないと聞いていたのに。雨の中バスの予約に行き、次の日の朝5時に目的地のMpulunguへ出発することになった。頼んでいたタクシーが来ず(少しT.I.Aだと思った)、代わりに宿のおじさんの知り合いに来てもらい(まさにT.I.A)、バスターミナルへ。日の出前にもかかわらずバスターミナルはごった返していた。アジア人1人バスに混ざり、ほぼ時間通りに出発。

    夜明け前からごった返すバスターミナル

    夜明け前からごった返すバスターミナル

    バスが止まると、マンゴーを売りに来る人たち

    バスが止まると、マンゴーを売りに来る人たち

    バスに乗っていると出会う光景をジャケットに持つこのアルバムは、滞在先に多いBemba族の音楽も収録されている(一曲目のコーラスが流れた瞬間に私はザンビアの景色を思い出しました)。

    道中、道路脇にはブッシュが延々続く。

    道中、道路脇にはブッシュが延々続く。

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    16時間およそ1200キロの道のりを経て目的地に到着(電気の通っている街だが停電しており真っ暗だった)。ザンビア北部に位置する湖畔の街だ。

    宗教(儀式)と音楽

    初めてこの街を訪れたのは、およそ15年前になる。私がこの街に到着して1週間後、働き者の現地人Mが亡くなった。勤務した最後の日、お腹を押さえながら夕食の春巻きの皮をビール瓶で延ばしていたのを覚えている。その日、春巻きには酢が欲しいという人がいたので、私は街中にあるソマリア系の人たちが経営していたお店まで買いに行った。酢を脇に抱えて戻る道すがら、早退するMに会った。さようなら(See you, sir)と私に告げて帰っていったあと、二度と会うことはなかった。

    現地の葬式にも参加したが、叫びながら説教をする牧師と、歌を唄う女性達がいた。常に音楽を聴ける環境ではないが、宗教や儀式と音楽は密接な関係にあり、人々に寄り添っているものだと思えた。実際、ザンビアで一番身近な音楽の一つとしてゴスペルがあるのは間違いない。

    ザンビアのゴスペル

    場所は違うが、フランス植民地だったニジェールでは宗教(儀式)と植民地支配に対する抵抗が一緒になった運動(Hauka movement)が起こり、そこから派生した音楽もある(Lingo sini et son groupe Sahel soundより発売)。ニジェールのプロテスト・ソングと言えば良いか。

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    フジメシならぬザムメシ

    到着した次の日に街中まで昼ご飯を買いに行った。フジロックで以前Blue Galaxie辺りにあったアフリカ料理のお店もあったので、少しだけご飯を紹介。今は種類も増えたが、野菜はトマトと玉ねぎが基本で、葉野菜はステムレタスくらいしかない。オクラがあると少し嬉しい。たまにキャベツ、人参が手に入る。お昼に買ったのは、湖に生息するイワシの仲間(現地名でカペンタ)のトマト煮とオクラのトマト炒め、そして主食のとうもろこしの粉をねったシマ。乾燥したカペンタは煮干しのようであるが、トマトと玉ねぎで炒め煮にすると独特の風味を持つキビナゴのようだ(日本に持って帰って作ったが、日本人には匂いが強すぎるようだった)。ガスがないため、基本は炭火を利用するが、ただ塩を振って焼いた鶏肉、魚は非常に美味しい。特に村で飼われている地鶏の肉は日本のものよりも硬いが、味が非常に濃い。

    カペンタのトマト煮

    カペンタのトマト煮

    ただ焼くだけで御馳走の鶏肉

    ただ焼くだけで御馳走の鶏肉

    シマは現地人の大切な主食

    シマは現地人の大切な主食

    マンゴーは大切な栄養源で、買うものではなく木から取って食べるものだ。マンゴーの木の大きさで村の歴史の長さがわかるらしい。

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    フィッシュ・アンド・チップス。魚はティラピアを揚げたのもの。フジロックの会場内、ブルーギャラクシー近くのお店のものとは大違い。

    コンゴ民主共和国のアーティストは複雑でユニーク

    ザンビアの北に接するコンゴ民主共和国の首都キンシャサよりKonono. No.1がcongotronics vs. rockersとして今は無きオレンジコートに出演している(フジロック’11)。彼らは。町に落ちている廃材より音楽を作り上げた。同じ街からKOKOKO!というグループも昨年アルバムを出しており、同様に廃材などから楽器を作り非常にユニークな音楽を奏でている。

    Konono No.1

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    Kokoko

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    コンゴ民主共和国には狩猟採集民族のバヤカ(ピグミー)で最も知られたムブティ族もおり、彼らの音楽も素晴らしい。いく層にも重なる歌声や、木などを叩いて作るリズムの渦は圧巻。

    アカ族の子守唄(Mobandi: Mo Boma)はいつまでも聞いていられそうな歌声だ。

    この歌の収録されているアカ族のアルバム

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    ムブティの音楽

    リズムの渦から始まるMbo IIはSteve ReichのDrummingを彷彿する。

    おのおのが太鼓を自由に打ち鳴らし、その中でリズムが自然に出来上がる様は、何度か見たことがある。ある湖畔の村に野営をしていた時のことだ。

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    テントの脇で横になっていると、少し離れた場所で、村の子供たちがバケツを叩いて声を上げている。自由なリズムの中に叫び声や歌声のようなものが重なって、静かな村の夜がちょっとしたお祭りのようだった。夜中、キャンプサイトで寝ているとレッドマーキーの音楽が聞こえてくる。そんな状況に少し似ているのかもしれない。

    ジンバブエ、南アフリカの音楽

    ザンビアの南部に接しているジンバブエには、現在の東アフリカの音楽の原型のようなものがある。リズミカルに断続的に続くギターは、ムビラ(親指ピアノ)の音のようだ。

    Hallelujah chicken run band

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    グロスドンバリーにも出演した南アフリカ出身のBCUC(Bantu Continua Uhuru Consciousness)。フェラクティを彷彿させるアフロビートをまとったアフロサイケデリックミュージック。

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    アフリカの電子音楽

    伝統的な音楽をシンセサイザーやリズムマシンで再構成した音楽も興味深い。ニジェールの電子音楽は心地よく、野外で焚火をしながら聞いても心地よいのではないか。

    Mamman Sani

    “T.I.A”=”This is Africa” ならぬ”T.I.F”=”This is Fuji Rock”

    今回、ザンビアまでの道中を紹介しながら、アフリカの様々な音楽を1950年代から2010年代に録音したものを紹介しました。アフリカには色々な音楽がまだまだ沢山あるし、それをご存知の方もいることでしょう。これらの音楽の多くは、様々な場所(砂漠から熱帯雨林)で、様々な状況(政治的な活動や労働環境)で生まれた音楽なのだろう。トゥアレグ族のプロテストソングから、ムブティの蜂蜜の収穫の歌(The honey harvest)まで、多種多様である。

    生活の一部に音楽(特にゴスペルなど)があるが、現地の人たちからは、生活するのが第一で食べ物を買うお金が何よりも大切だと感じる。物事がうまくいかない時は魔術的なものにすがる者もいる。私の知っていた現地人も最後は呪術医(wicth doctor)のもとで息を引き取った。数少ない仲の良かった現地人も理由もわからず急に亡くなった。日本とは違い、死が身近にあると強く感じるのは私だけではないはずだ。だから、皆、生きることに必死なのだ。

    青空テーラー(仕立て屋)の男性。シャツをひとつ作る費用は25クワッチャ(250円)。どうやって生活しているのか。私の勝手な心配をよそに彼の表情は明るい。

    青空テーラー(仕立て屋)の男性。シャツをひとつ作る費用は25クワッチャ(250円)。どうやって生活しているのか。私の勝手な心配をよそに彼の表情は明るい。

    一方で、生活に音楽が密着している人たちもいる。コリン・ターンブルによるバヤカ(ピグミー)のムブティ族を記したForest peopleでは、彼らには魔術のようなものはなく、自然に対する恐れと憧憬を持っており、フェスティバルのようなものを大切にしていることや、皆で歌い出す様や、音楽(楽器)を大切にしていることが描かれているー現在の彼らはコンゴの政情不安もあり厳しい状況にある(マリフワナを栽培し日銭を稼いでいる人たちも少なからずいる。国立公園内での狩りも制限されて、独立前の牧歌的な狩猟最終生活とは少し違うようだ)。

    ムブティーとの生活を書いたコリン・ターンブル作“Forest poeple”

    ムブティーとの生活を書いたコリン・ターンブル作“Forest poeple”

    森で生きていくことは、非常に困難であるとされているため、歌や祭りなどは余計なことであると考えられなくもない。実際、楽器を作ることが非常に手間であるため、食糧を集めるために時間をかけられないと困っている若者もでてくる。

    本の中でMaipeという男が “物事がうまくいかない時(病気が蔓延したり、狩りに失敗する、そして人が死ぬ)、森が眠りについているから森の子供である我々を守れない、だから歌を歌い森を眠りから起こす必要がある。そして、森が起きている時に歌えば幸せを皆で分かち合える” と語る箇所がある。新型コロナウイルスに直面した私たちの状況を考えるとハッとさせられる言葉だ。

    このアルバムには、Songs of devotion to the forest (森に捧げる歌)が収録されている

    このアルバムには、Songs of devotion to the forest (森に捧げる歌)が収録されている

    皆で集まりお祭り(フェスティバル)を過ごすことは、我々ホモ・サピエンスに必要なことなのかもしれない。感染防止のため、今後はヴァーチャルによるフェスティバルや、無観客のライブが一般的になるのかもしれない。わざわざ会場に出向かなくても、家で好きな音楽を体験して、結果的に多くの人が同じ時間を共有できる。音楽を聴くだけなら、集まらなくても良いのだ。

    それでもなお、苗場に足を運び、フジロックの空間にいたいと願うのは何故だろうか。考えるまでもない。あの場所で過ごすことが好きであり、何にも代え難いのだ。昨年のSIAのライブに象徴されるように、雨が降ろうと“これこそフジロック”ではないか。 “This is Africa”の“T.I.A”ならぬ“This is Fujirock”=“T.I.F”な瞬間の一つだった。

    来年は、苗場でフジロックというお祭り(フェスティバル)を楽しみ、時には歌い、ムブティのMaipeが語るように『我々の”森”を眠りから起こし、喜びを分かち合いたい!』、そう考えるくらいは許されても良いのではないか。

    Text by Masaya Morita

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