• 危険な音域をカットしつつも、音質を損なわない!? 耳を守る〝音楽用の耳栓〟とは?


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    携帯音楽プレーヤーやスマートフォンの普及によって、より一層身近になった音楽の存在。しかし、それと同時に、我々現代人の耳は、かつてないほどたくさんの音にさらされている状況にあります。
    2015年に世界保健機関(WHO)が、世界の中所得国以上で暮らす12歳〜35歳の人たちを対象に行った調査によると、およそ11億人もの若者が将来的に難聴になる危険性があるそうです。その原因としては、イヤホンやヘッドホンを使用する機会が増えていることや、ライブやクラブなどで大音量の音楽に接する機会が増えていることなどが挙げられています。
    こうした状況に対して、音楽好きな人たちはどのように向き合っていけばいいのか。
    今回は、危険な音域から耳を守ることをコンセプトとする『EarPeace』という音楽用耳栓の販売を手がけ、ご自身もミュージシャンとして活躍されている上田章裕さんと、彼と共に商品のプロモーションを担当している『Tugboat Records』の小山田浩さんに、お話を伺いました。

    音楽をクリアに聞くための耳栓とは?

    ▲『EarPeace』の販売を手がけている上田章裕さん

    ▲『EarPeace』の販売を手がけている上田章裕さん

    ─ おふたりは、〝音楽用の耳栓〟を販売されているということなんですが、これは一体どういった商品なのでしょうか? 音楽と耳栓というのは、一見相反するモノのように思えるのですが。

    上田:そうですよね(笑)。僕も昔から音楽をやっている人間なので、はじめて友人から話を聞いたときは「音楽用の耳栓って何ですか?」という感じでした。
    この『EarPeace』という耳栓を開発したのは、アメリカでスタートアップを立ち上げたジェイ・クラークという人なんですけど、彼がフェスで大音量の音楽を聞いた後にひどい耳鳴りが残って、「これって、どうにかならないかな?」と思ったところがスタート地点なんです。

    ─ リスナーとしての立場から、もっと耳に優しい音楽体験はできないだろうかと。

    上田:そうですね。それが2009年くらいの出来事で、商品として完成したのが2010年。SXSWでローンチしました。

    ─ 〝音楽用〟の耳栓ということは、音を完全に遮断する物ではないわけですよね?

    上田:簡単にいうと、耳にとって危険な音域をカットしつつも、音質を損なわないという耳栓です。
    聴覚に問題を引き起こすリスクがあるとされる音量は85dB(デシベル)なんですけど、コンサートにおける音量ってだいたい100dBなんです。『EarPeace』には、遮音性の異なるフィルターが3つ付いていて、シチュエーションによって使い分けることができます。例えば、3つのうち真ん中の遮音性を持つ赤いフィルターは20dBをカットしてくれるので、100dBあるコンサートの音量を80dBまで引き下げられるという計算ですね。ただし、音量を下げたはいいけど、臨場感が失われるというのは本末転倒なので、なるべくクリアで自然な音に聞こえるように設計されているのが特徴です。

    ─ 実際に使用されてみて、音質や臨場感が損なわれていないという実感はありますか?

    上田:ありますね。あくまで個人的な感想なんですけど、最近のイベントは音が大きくて、エッジが立っているように感じるんです。自分の好みとしては、過度なエッジは必要ないと思うことが多いので、『EarPeace』を使用しているとクリアで聞きやすいですし、臨場感が失われるという感覚もありません。

    ▲右から大きな音の出る作業現場用、モータースポーツ用、音楽用というラインナップ

    ▲右から大きな音の出る作業現場用、モータースポーツ用、音楽用というラインナップ

    ─ 日本では、いつから販売されているのでしょうか?

    上田:2013年からですね。だけど、最初は理解を得るのがすごく難しくて…。僕らとしては音楽のセグメントとして認識してもらいたかったので、ヘッドホンの卸会社さんとかに持ち込んでみたんですけど、「音楽と耳栓って相反するものですよね? 矛盾してませんか?」という反応で。

    ─ きっと、そういう反応になりますよね。

    上田:えぇ。なので、まずはウェブサイトを作って、そこで売り出したんです。そしたら、いくつかのメディアが『EarPeace』を取り上げてくてれ、ちゃんと売れてくれたんですよね。

    ─ 最初に買ってくれたのは、どういった層のお客さんだったのでしょうか?

    上田:意外と幅広かったですね。もちろんライブとかクラブとか、大きな音の中で音楽を聞くという用途で使ってくれた方もいたし、あとはけっこう音で悩んでいる人って多いんだなって思いました。たとえば、オフィスで働いている人とか。

    小山田:いわゆる環境音といわれているようなものですね。あとは、クラブで働いている方とか、ライブハウスで写真を撮っている方とか、仕事で大きな音楽のそばにいる方たちの需要もありました。

    簡単には回復しない聴覚へのダメージ

    ▲音による聴覚へのダメージについて説明する上田さんと筆者

    ▲音による聴覚へのダメージについて説明する上田さんと筆者

    ─ 耳へのダメージって、基本的に音の大きさと音域が要因なんですか?

    上田:あとは、音に触れている時間ですね。例えば、100dBの音が鳴っている場所に5分いるということは、それほど危険なことではないんですけど、100db の許容時間って15分が目安とされていて、例えばそこに何時間もいると聴覚に影響を及ぼす可能性が非常に高まります。ちなみに85dbの許容時間は8時間となっていて、音の大きさによって安全に滞在できる時間は異なるのですが、新幹線に乗っているときに聞こえてくるような騒音でも東京ー大阪間を往復するだけで、1日の許容量の上限に達してしまうんです。

    ─ 音が大きくないからといって、長時間いても大丈夫ということではないんですね。

    上田:そうですね。人間の耳には蝸牛という器官があって、そこには有毛細胞が並んでいるんです。その細胞が音の波によって揺れることで、人間は音を感知するんですけど、長時間に渡って音を聞き続けることで有毛細胞が損傷してしまうと難聴といった症状が出るんです。音にさらされた時間の蓄積なので、そもそも加齢とともに損なわれていくものではあるんですが、ライブの他にも、イヤホンやヘッドホンで音楽を聞く機会が増えているので、若者でも耳の不調を訴える人が増えているようですね。

    ─ なるほど。要するに耳へのダメージが蓄積されていくんですね。

    上田:はい。蝸牛の手前側には高音を感知する有毛細胞があって、そこから先にダメージを受けていくので、年をとると高音が聞きにくくなるんです。モスキート音なんかは、その典型ですね。しかも、厄介なことに、一度失われた細胞は再生しないので、聴覚って回復するのが非常に難しいんです。

    ─ はー。そうなんですか。

    上田:有効な薬や治療があるかといったら、正直ないというのが現状なんですよね。しかも、難聴って耳が聞こえにくくなるだけじゃなくて、その影響で自律神経を病んでしまう人とかもいるので軽視できないんです。
    軽い耳鳴りなんかは、耳がダメージを受けていることのひとつのサインなので、そこで気づいて安静にしていれば蓄積は解消されます。ただ、そのクールダウンの期間が短くなっていくと危険性は増してしまうんです。

    ▲耳の構造は大きく分けて外耳、中耳、内耳に区分される。三半規管や蝸牛からなる感音系の器官によって、人間は音を〝音〟として感じることができる

    ▲耳の構造は大きく分けて外耳、中耳、内耳に区分される。三半規管や蝸牛からなる感音系の器官によって、人間は音を〝音〟として感じることができる

    ─ ライブに行って、大きな音を1、2時間浴びると、終わった後に耳が聞きにくいってことがあるじゃないですか。ライブ中は何ともないのに、終わって外に出てみると、ぼわっとこもっているような感覚があったりとか。あれもダメージの表れってことですかね。

    上田:まさにそうですね。ライブ中はスピーカーから出ている音の方が、存在感があるので普通に聞こえますけど、実はその場にいる時点で耳はダメージを受けています。
    電車の中で音楽を聞くときとかも、どうしても車内のノイズに負けないようにボリュームを上げてしまうじゃないですか。だから、考えている以上の音を聞いているというケースは多いですね。

    音楽用耳栓に対するミュージシャン側の見解

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    ─ 音楽用耳栓について、もうひとつ気になるのはミュージシャン側の見解です。ミュージシャンの方たちは、当然自分たちの音にこだわりをもって音楽を作っているわけじゃないですか。それを聞く側が、耳栓を用いて音を調整することについて、ミュージシャンとしても活動されている上田さんは、どのようにお考えなのでしょうか?

    上田:僕は、リスナーの耳をケアするってことに賛成しないというミュージシャンには会ったことがないですね。そもそも「これが俺の伝えたい音だから、ありのまま聞いてくれ!」っていうのは、ある意味起こり得ないことなんですよ。途中にエンジニアが入って、音響機材があってという環境で音を出すので。もちろん、すべて自分で担うというなら話は別ですけど、ほとんどのミュージシャンってエンジニアと一緒に音を作るので、演奏するときには、どこかで妥協であったりとか、逆にいえば自分が思っているよりもいい音が出たりとか、多かれ少なかれ自分が思っている音とは違うふうに聞こえているということが多いんです。パッケージになった音源にしても、誰がどういう設備で聞くかというのはわからないですし。
    それはジレンマでもあるんですけど、ほとんどのミュージシャンは、「そういうもんだよね」って割り切ってるところがあると思います。

    ─ では、耳栓によって音量をカットされることが不本意だという意見は、少なくとも上田さんの周囲ではないと。

    上田:そうですね。リスナーに耳を大事にしてもらって、長く音楽を楽しんでもらいたいというのがミュージシャンの基本的な立ち位置だと思うので。実際に、耳を患ってしまって、ライブに足を運べなくなったという人もいますからね。
    そのためにリスナーが音楽用の耳栓を使うというのは、ミュージシャン側からしても否定的なことではないと思います。

    小山田:耳が辛くなってライブに行けなくなるっていうのは、僕がやっているようなレーベルとしてはもちろん、結果としては音楽業界全体を苦しめることにもなると思うんです。だから、音楽をより長く、安全に楽しむためにも、耳は大切にしてほしいなって思います。
    ミュージシャンでもご自身で使用されている方が徐々に増えていたり、音楽用耳栓について肯定的な発言をされる方も多くなっていますね。

    ポイントは着用性! 子どもの耳を守るための音楽用耳栓という選択

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    ─ 最近では、ライブ会場やフェスで子どもの姿を見ることも多くなっていますが、『EarPeace』は子どもの耳を守るためにも有効ですか?

    上田:知り合いのお子さんが5歳くらいのときに使用してもらったことがあるんですが、嫌がられることもなく使ってもらえました。着用時の快適性というのはかなり意識していて、素材は医療用に使われるシリコンなんです。柔らかくてフィット感もいいし、低アレルギー性だからお子さんでも安心して使えます。

    ▲小学5年生の子による装着時の様子。柔らかく、ゴム臭さもないので、快適に過ごせる。

    ▲小学5年生の子による装着時の様子。柔らかく、ゴム臭さもないので、快適に過ごせる。

    ─ フェスではイヤーマフを使用しているお子さんをよく見かけますが、差別化のポイントなどはありますか?

    上田:やっぱり着用性ですかね。あれを長時間つけておくのは、大人でも結構辛いと思うんですよ。締め付けもあるし、暑い時期だと蒸れたりもするし。

    小山田:あと、聞こえる音の質は大きく違うと思います。『EarPeace』を使って聞く音は、非常にクリアなので。

    上田:もうひとつ特徴として挙げられるのは、『EarPeace』はライブ中でも隣の人と会話ができるんですよ。極端な高音や低音をカットする設計になっているんですけど、人の声の周波数はそこと重ならないので、話し声はちゃんと耳に届くんです。

    ─ へぇー! ライブ中って耳元でかなり大きな声を出しても伝わらないことがありますが、これを付けていると、大きな音の中でも人との会話が可能ってことですか?

    上田:そうですね。だから、工事現場とか大きな音がでる場所でも、騒音をカットしつつ、人の指示は聞こえるから、安全に作業できる設計になっています。ライブでも友達とか家族の声がちゃんと聞こえるから、ストレスなく過ごせますよ。

    セルフケア用品としての音楽用耳栓

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    ─ 『EarPeace』はもともとアメリカで作られたということでしたが、むこうでは音楽用耳栓というのはかなり浸透しているのでしょうか?

    上田:そうですね。州によっては、ライブハウスに耳栓を置いてないとダメだってところもあります。

    小山田:お客さんだけでなく、働く人をケアするっていう考えも浸透していますね。バーカウンターで働いている人とかも大きな音に晒されているので、こういう耳栓を使用しています。

    ─ そういう状況下にあって、ライブハウス側が音の大きさを自粛していくという動きはあるんですかね? 個人的には、そうなってしまうのは寂しいような気がするんですけど。

    小山田:徐々に変わってきると思います。ただ、そもそも音楽を聞きに来ている人たちに対して、ライブハウス側から耳栓の使用を求めるというのは難しいんですよ。お客さんが自主的に手に取ってくれるのはいいんですけど、こっちが促したり、強要するっていうのは、楽しみを制限することにもなるので。「踊るな!」みたいなことに近しいというか。
    だけど、今はライブハウスとかクラブで働かれている方たちが、遊びに来ている人たちの耳のことを考えるようになってきていると思います。

    ─ なるほど。ライブハウスが自粛するというよりも、耳栓などを用意することで楽しみ方の幅を広げるというようなイメージなんですね。
    日本のライブハウスとかクラブでも、何かが問題視されると自粛という方向になりがちですが、遊びに行く側が自主的に自分の身を守るみたいな意識が根付くと、そういう事例は減るかもしれないですね。

    上田:僕が5年くらい音楽用耳栓に関わってきた中で、リスナー側の意識は間違いなく変わってきているという実感があります。売れ行きであったり、コメントであったり、認知のされ方っていうところで。

    ─ ライブって同じ空間で大人数が同時に体験するものだから、ひとりひとりのお客さんの好みに音を合わせるのは難しいじゃないですか。だけど、お客さん側が音楽用耳栓などを使うことで好みの音を調整して、心地いい感覚を作るっていうのが定着してくると、もっと幅広い層がライブに行きやすくなるし、楽しみ方も多様になっていくような気はしますね。

    上田:そうですね。もちろん、まだまだ音楽用耳栓に批判的な人もいますが、そこで議論が生まれるのも、耳のことを考える上ではいいきっかけだと思っています。

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    上田:僕の予想ですけど、おそらく今後は耳栓の中のフィルターがなくても、スマホで遮音性をコントロールできるようなデバイスが登場すると思うんです。「今日は、この周波数をこれくらいカット」というような時代がくるんじゃないかなと。
    だから、耳へのダメージに対する解決策が耳栓っていうのは、まだまだ過渡期だと思うんです。これだけ健康問題への関心が大きくなると、耳へのダメージというのも考えざるを得なくなってくると思うので。

    ─ そうでしょうね。目とか歯とかに対する関心はすでに高いですが、耳の健康への関心が高まってくるのも時間の問題のような気がします。

    上田:ただ、僕らは〝お説教〟はしたくないんですよ。

    ─ あぁ。確かに「ライブに行くときは音楽用耳栓を使って、大事な耳を守ろう!」みたいなのは、ちょっと間違ったらお説教っぽく聞こえますもんね。

    上田:そうなんです。
    音楽が好きなのに、耳が辛くて聞くことができないというのは本当にかわいそうなことなので、絶対にそうなるべきじゃないと思うんです。だから、極端な話、『EarPeace』ではなくても、音楽用耳栓というのが広く認知されることが第一だなと考えているので、他にも選択肢が増えるのはいいことだと思うんです。もちろん、うちの商品を買って欲しいですけど(笑)。

    ─ はい(笑)。だけど、音楽好きな人の耳を守りたいという今の上田さんの話は、『EarPeace』という商品名にもよく表れているような気がしました。

    上田:そうですね。結果として、音楽好きな人がより長く、安全に楽しめるのであれば、それに越したことはないと思っています。

    ▲世界各国のイベントやバンドとのコラボ商品も多数リリースされている

    ▲世界各国のイベントやバンドとのコラボ商品も多数リリースされている

    小山田:僕は耳栓っていうのは、ひとつのオプションだと思ってるんです。

    ─ オプションですか。

    小山田:はい。日焼けに対して肌が強いとか、日差しに対して目が強いとか、体質って人によって違うと思うんですけど、僕は耳が強くて、大きな音を聞いてもあまり耳鳴りとかしないんです。まぁ、歳をとったらいきなりダメージがくるかもしれませんけど。
    だから、音楽用の耳栓は、日焼け止めとかサングラスのような感覚で使用してもらえたらいいなって思うんですよ。日差しが強い日は、日焼け止めとかサングラスを使うように、音が大きな場所では耳栓を使うといった感じで。あまり難しく考えず、辛ければ使うというくらいのスタンスでいいのかなって。

    上田:お守り的な感覚でね。

    小山田:そうですね。フェスへ行く人は、日焼け止め、サングラス、椅子、レインコートとかを持っていくと思うんですけど、その次くらいに音楽用耳栓っていう位置づけで認識されるようになったら嬉しいですね。

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    【EarPeace HP】
    https://www.earpeace.jp/

    【商品リンク】
    EarPeace HD

    取材・文章:阿部光平( @Fu_HEY
    写真・イラスト:MITCH IKEDA

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