原宿の小さな喫茶店で開催される1ヶ月だけの展覧会。『それで君を呼んだのに 忌野清志郎を想う』
- 2018/04/26 ● Interview
忌野清志郎さんの誕生日である4月2日から、命日となった5月2日までの1ヶ月間、『それで君を呼んだのに 忌野清志郎を想う』と題した展覧会を行っている喫茶店があります。
お店の名前は『SEE MORE GLASS』。アメリカの小説家J・D・サリンジャーの短編小説『バナナフィッシュにうってつけの日』に登場する小さな女の子・シビルの台詞に由来しているそうです。
原宿の喧騒から切り離された地下街に佇む小さな喫茶店で、初めてこの展覧会が行われたのは2014年のこと。清志郎さんと生前懇意だった方や、その音楽を愛されている方たちの作品が展示されており、今年で5回目を迎えました。
午前中まで降っていた雨が上がって、街に涼しい風が吹きはじめた平日の夜。途切れることなく清志郎さんの曲が流れる店内で、展覧会を行う店主の方にお話を伺いました。
〝好き〟から始まったお店、〝ファン〟から始まった展覧会
─ 最初にお店のことについて教えて下さい。『SEE MORE GLASS』がオープンしたのは、いつ頃になりますか?
店主:お店がオープンしたのは、1996年です。22年前ですね。
どんな店なのかわからないでいらっしゃる方が多いんですけど、絵本が読める喫茶店です。店内はとても狭いですし、閉店時間は18時なので、お酒を飲んだりとか、みんなで盛り上がるような感じのお店ではなく、1人とか2人でいらっしゃるお客さんが多いですね。絵本を読んだりとか、音楽を聴いたりだとか、日記を書いたりという感じの静かな喫茶店です。
─ オープン当初から、〝絵本が読める喫茶店〟というコンセプトは変わっていないんですか?
店主:最初は今ほどの冊数はなかったんですけど、だんだん自分の子どもたちが大きくなって、それで家に絵本がなくてもよくなってきたので、お店に持ってきました。
─ じゃあ、もともとはすべて私物で。
店主:そうですね。私物です。それで、こういうお店をやっているうちに、いろんな人が絵本を持ってきてくれたりするようにもなって。
─ あぁ、寄贈みたいなかたちで。
店主:えぇ。だけど、最初はとにかく私が好きな作家の方の作品を、小さな場所ですが、見てもらいたいという気持ちが大きかったです。
それで、お店をオープンするのにあたって、荒井良二さんという絵本作家の方に「看板を描いていただけないですか?」ってお願いさせてもらったんです。全然知り合いとかではなく、ただのファンだったんですけど。
─ おぉ、すごく思い切ったアプローチですね!
店主:そうかもしれないですね(笑)。それをきっかけに、お店で展覧会やイベントをやっていただいたり、『SEE MORE GLASS』のCDを作ったときにはジャケットを描いてもらいました。今でも、すごくお世話になっています。
─ 毎年、忌野清志郎さんの誕生日である4月2日から、命日の5月2日までは『それで君を呼んだのに 忌野清志郎を想う』と題された展覧会を開催されていますが、このイベントが始まった経緯について聞かせてください。
店主:これはよく聞かれるんですけど、私は本当にただのファンで、清志郎さんと直接的な接点があったわけではないんです。音楽関係の仕事をしていたわけでもないですし、ただ本当に高校生の頃からよく清志郎さんの歌を聞かせてもらっていただけで。
─ 絵本が好きで、好きな作家さんの作品を並べたというのと同じように、清志郎さんが好きで、こういう展覧会を始めたと。どちらも、店主さんの〝好き〟という気持ちからスタートしているんですね。
店主:そうですね。自分自身も荒井さんや清志郎さんにとっても助けられてきたので、ひとりでも多くの方に読んだり、聴いてもらいたいなと思っています。
─ 今年で5回目ということは、最初の開催は2014年ですよね。清志郎さんが亡くなったのは2009年ですが、開催に至ったきっかけなどがあれば教えて下さい。
店主:きっかけはいくつかあるんですけど、2009年に青山霊園で行われた清志郎さんの葬儀『青山ロックン・ロール・ショー』に参列して、あの場で竹中直人さんの弔辞を聴きました。その後お店に戻って、その日は清志郎さんの曲をかけていたのですが、そこへ葬儀に参列されていた方が、たまたま寄ってくれて。その方が、清志郎さんの曲がかかっていたことをすごく喜んでくれたんです。
本当にたまたま同じ場所に行っていたお客さんと私が、同じ気持ちでそれを聴いて、ふたりで「あぁ、そうだよね」って。そうやって清志郎さんのお話ができたので、お店で流す歌の力はすごいんだなっていうのを、その日に感じました。
店主:それで、2013年の年末に下北沢で、ばったり竹中直人さんにお会いしたんです。
竹中さんは20年くらい前からずっと、お店にカレーを食べに来てくださっていたのですが、私が清志郎さんの曲をかけていたら、いろんな話を聞かせてくださいました。
そのときに、竹中さんが清志郎さんの歌を歌ってくださったんですよ。
─ 下北沢の路上で?
店主:そうです。路上で。私、それが本当に嬉しくて。
そしたら、どんどん人が集まってきて、竹中さんがお友達と一緒だったから、すごい申し訳なくなって。「ありがとうございました」って言って、すぐその場を離れたんですけど、そのことがすっごく心に残っていたんです。それが、もうひとつのきっかけでした。
─ 想像するだけで、鳥肌が立ちました。それはきっと忘れられない出来事ですね。
店主:えぇ、本当に。
店主:それと、もうひとつ。矢野顕子さんが2013年に『矢野顕子、忌野清志郎を歌う』っていうカバーアルバムを作られました。矢野顕子さん、忌野清志郎さんは日本の音楽でいちばん好きなおふたりなんです。
1982年に品川で行われた糸井重里さんのイベントや、2002年のフジロック、2005年、矢野さんが毎年開催している『さとがえるコンサート』でおふたりが夢の共演をされていたのに、そういう時に限って結局行けずに見逃してしまっていて。自分でもすごく、「なんであのとき行かなかったんだろう」っていう後悔があったんです。
─ はい。
店主:だから、2013年に『矢野顕子、忌野清志郎を歌う』が出たときのツアーは絶対に行こうと思っていて、4月21日に日比谷公会堂で行われたライブへ行ったんです。そこで、矢野さんが全曲、清志郎さんの歌を歌われていて、それでまたジーンときてしまって。
そのことも、『それで君を呼んだのに 忌野清志郎を想う』という展覧会を開催するひとつのきっかけになりました。
─ なるほど。それで竹中直人さんや、矢野顕子さんの作品を展示することになったんですね。
店主:矢野さんの音楽を店でかけると気持ちが落ち着くんです。焦ってるとき、何か決めないといけないときには必ず聴いています。店をオープンする前から、お手紙や絵本をお渡しさせていただいていたのですが、10年前くらいにお店に来てくださったことがあったみたいなんです。そのときは、お店が夏休み中でお会いできなかったのですが。
その後、ありがたいことに、この展覧会に参加していただいたり、矢野さんの40周年を祝う小さな展覧会を開催したりすることができました。
─ それも何か不思議な縁を感じるお話ですね。
店主:はい。それで、うちは絵本が読める喫茶店なので、清志郎さんが描いた絵本を置いたり、音楽をかけたりしている中で、「もしかして、いろんな人とここで何かできるんじゃないかな?」って思うようになったんです。
レコード屋さんだったら売らなきゃいけないレコードをかけたりとか、本屋さんだったら売らなきゃいけない本を見せなきゃいけなかったりすることもあるかと思うのですが、私は本当にそういうのとは関係がないので。自分の好きなものをかけたり、見せたりできるなって。
─ 自分の〝好き〟が出発点だから、それを思いっきり詰め込んだ展覧会にしようと。
店主:そうですね。当時、ちょうどこのビルの地下商店街がシャッター街になってきていて、「明日はどうなっているかわからないから、何かやるなら今やらないと!」って気持ちもあって。とにかく、大好きな清志郎さんにまつわる展覧会をやろうって思ったんです。
清志郎愛に溢れる多様な展示作品
─ 『それで君を呼んだのに 忌野清志郎を想う』という展覧会のタイトルは、どのように決められたのですか?
店主:展覧会のタイトルは、荒井さんと一緒に考えていて、たくさん出たアイディアの中から、「君を呼んだのに」という曲の歌詞の一部にしました。清志郎さんの私物や、ご本人が描いた絵を展示するわけではないので、「みんなが清志郎さんを想って開催する展覧会」という意味を込めて。
それで、タイトルの題字はお店の看板を描いていただいた荒井さんに、イラストはずっと国立に住んでいて、多摩蘭坂にも連れて行ってくださった植田真さんにお願いすることにしたんです。イベントのチラシは毎年、おふたりのコンビで作ってもらっています。
─ 店内をぐるっと見渡すと、絵、文章、写真、それにペイントされた楽器など、形式に縛られず様々な作品が展示されていますね。
店主:そうですね。最初の年は10人の作家さんに参加していただいたんですけど、毎年展示させてもらっている作品もあれば、1年ごとに新しい作品を作ってくださる方もいます。
店主:作品の販売はしていないので、次の年にまた観られるものもありますが、新たに追加されたり、その年だけの展示物もあります。
展示の真ん中に飾ってあるピンクのブーツは、2015年からです。先ほどお話しした『矢野顕子、忌野清志郎を歌う』というアルバムのジャケットで矢野さんが履かれていたブーツなのですが、2014年の暮れに、矢野さんが送ってくださったんです。箱を開けて本当に驚きました。
─ へぇー、突然ですか!
店主:そうなんです。私、本当にびっくりしちゃって。
─ それは、びっくりしますよね(笑)。
店主:本当に(笑)。ちょうど、『矢野顕子、忌野清志郎を歌う』のツアーのときに販売されていたグッズが、ブーツのピアスとピンバッジだったので、それと一緒に展示しています。今は、この展覧会の象徴みたいな存在になっていますね。
店主:今年は、『あの頃、忌野清志郎と』という本を執筆された片岡たまきさんが持ってらっしゃった、『RCサクセションのすべて』というムック本をお借りしました。1973年に出版された本で、今はなかなか手に入らない貴重な本です。それをお客さんに見てもらえるような形にして置いてあります。
─ 若いですね、清志郎さん。1973年ってことは、当時22歳くらいですか。
店主:写真もたくさん掲載されているので、眺めているだけでもすごく楽しいですよ。他にも清志郎さんが翻訳をされた絵本や、著書、雑誌なども読んでもらえるようにしてあります。
─ 昔の雑誌や絶版になった本ってなかなか出会えないから、こうやって色々な本が集まっていると、ついつい長居してしまいそうですね。
店主:うちは喫茶店なので、音楽を聴きながら、絵を眺めながら、本を読みながら、お茶を飲んで展示を楽しんでいただきたいです。
清志郎さんのことを誰かが書いた本もあるし、清志郎さんがご自身で書かれた本もあるし、どれもすごくオススメなので、みんなにゆっくり読んでもらいたいなって思いますね。
5回の展覧会で得た大切な宝物
─ これまで5年間、清志郎さんの展示を続けてきて、お客さんからの反応はいかがですか?
店主:うちのお店は、本当に小さくて目立たないじゃないですか。それに、私がひとりでやっているので、混んでいるときにはお待たせしてしまうこともあるんです。
だけど、毎年、ここで清志郎さんの展示を開催しているってことを覚えていて来てくださるお客さんもいるので、とても励みになっています。
─ これはお客さんが感想などを書くノートですか?
店主:これは作家の方たちと、お客さんが一言書いてくれるノートなんですけど、毎年荒井さんが展覧会の最初か最後に表紙絵を描いてくださるんです。2017年の絵は、「おーい!」ってすごく呼んでますよね(笑)。
─ 本当だ! 呼んでる! これ自体がまるで1冊の絵本のようですね。
店主:そうなんです。とにかくお客さんがたくさん書き込んでくださって。本当にすごいですよね、気持ちが。このノートは、本当に宝物です。
─ 『それで君を呼んだのに 忌野清志郎を想う』の5年間が詰まっているんですね。
店主:5年間やっているので、何年か前に来た自分の書き込みを懐かしそうに眺めていってくださるお客さんもいますね。
─ あぁ、こういうのって、書きっぱなしになっちゃうのがほとんどですけど、毎年遊びにきて見返すというのは、ひとつの楽しみですね。誰と来たとか、何をしてたとか、思い出すことがたくさんありそう。
店主:そうですね。だから、やっぱり主役はお客さんだと思っているんです。
─ まさに「清志郎さんを想う」ですね。
店主:展示してくれている方も、見に来てくださってる方も、そう想ってくれたら嬉しいですね。
「気がつけば、清志郎を想っていた」
筆者は第一回目から『それで君を呼んだのに 忌野清志郎を想う』に来ています。歴代の展覧会ノートには、馴染みのある汚い字でしっかりと感想が書かれていました。
ただ、店主の方とゆっくりお話をしたのは今回が初めてのこと。つまり、僕はこの展覧会の単なるファンだったのです。
自分がこの展覧会のファンである理由について、今まではあまり考えたことがありませんでしたが、店主の方にお話を伺っているうちに、それが少しずつ解き明かされていくような感覚がありました。
たぶん僕は、店内に漂う「清志郎って、最高だよね!」という空気に浸りに来ていたのだと思います。
その空気は、店主の方の想いの強さだったり、展示されている作品だったり、店内の隅々にまで行き渡る音楽だったり、清志郎ファンのお客さんだったり、小さな喫茶店の空間を形成するあらゆるものが醸し出していたのだと思います。
そこで温かいチャイを飲みながら過ごす時間は、僕にとってかけがいのない清志郎さんとの接点でした。そうしようと意識していたわけではないのに、僕は毎年、ここで清志郎さんを想っていたのです。
今年の会期は迫っていますが、今年も5月2日までは展示作品や関連書籍を楽しむことができます。営業日などは、コチラから確認できますので、ご興味のある方は是非足を運んでみてください。
きっと、清志郎さんの新たな魅力や、意外な一面に出会うことができると思いますよ!
取材・文章:阿部光平(@Fu_HEY)/写真:Beyond the Lenz(Yusuke Baba)