【朝霧JAM2017】子連れフェス体験記
- 2017/10/26 ● Report
「子どもと一緒にフェスに行くのが毎年の楽しみ!」、「いつかは子連れでフェスに行きたい!」という人がいる一方で、「子連れフェスは親のエゴ!」、「親は楽しいかもしれないけど、子どもがかわいそう」といった声も聞かれるなど、子連れでのフェス参加には、いつも賛否両論がついてまわります。
確かに、フェスには人ごみ、悪天候、トイレの行列など、子連れで行くにはハードな側面があるのは事実。しかし、一方でフェス会場では子どもたちが本当に楽しそうに過ごしている光景に出会うことも少なくありません。
子連れフェスの良し悪しを簡単に決めることはできませんが、今年の朝霧JAMに3歳と1歳の娘を連れて参加したオルグライターが、その体験記を綴りました。子連れでのフェス参加に迷っている人の参考になれば幸いです。
初日が運動会と重なるという緊急事態!
筆者は去年、初めて娘を連れて朝霧JAM(以下、朝霧)に行き、「このフェスを毎年恒例の家族行事にしよう!」と心に誓った。自分が楽しかったのはもちろんだが、子どもたちが予想以上に楽しんでくれたのだ。
会場で目にするものすべてに興味を示し、ネバーヤングビーチを聴いて走り回り、寝袋の中にライトを持ち込んで探検ごっこをしている様子は、拙い言葉よりも雄弁に子どもの気持ちを物語っていた。それは、「苦労してでも一緒に来る価値があるな」と思わせるには十分すぎるほど、親にとっては幸せな光景だった。
朝霧の会場は、大自然の中にありながらステージ間の距離がそれほど遠くなく、タイムテーブルにもゆとりがあるので、子連れでもゆったりまったりと過ごすことができる。また、キッズエリアが充実しているのもファミリー参加には嬉しいポイントだ。それに加え、我が家の場合は、去年の帰り道で長女が口にした「〝明日〟も来たい!」という言葉が、来年も家族で来ようという想いの決定打になった。
こうして、我が家の新しい恒例行事になった朝霧だが、あろうことか2年目にして早くも実施が危ぶまれる事態に陥った。不運にも、初日の日程が保育園の運動会と重なってしまったのだ。
いくら家族で心待ちにしていたイベントとはいえ、子どもたちが楽しみにしている運動会をキャンセルしてまでフェスに行くわけにはいかない。そのため、残念ながら今年の朝霧参加は見送るつもりだった。
しかし、アーティスト発表の第2弾で状況は一変する。『DJみそしるとMCごはんのケロポン定食』の出演が発表されたのだ。
長女は去年の運動会で“エビカニクス”を踊って以来、すっかりケロポンズにハマっており、家でもしばしば歌とダンスを披露していた。そんな長女に是非とも生のケロポンズを見せてあげたいという気持ちが、親のエゴであることは否定できない。しかし、僕の頭の中には、晴れ渡った富士山の麓でエビカニクスを踊る自分と娘の姿がはっきりと浮かんでいた。それはもう、自分も娘も楽しいに違いないと確信を持てる光景だった。
「ケロポンズが出るなら、行くしかあるまい!」とはやる自分を、「まぁ待て。とりあえずはタイムテーブルの発表を待とう」と冷静なもうひとりの自分が抑えること数週間。タイムテーブル発表で、『DJみそしるとMCごはんのケロポン定食』の出演が2日目であることがわかった瞬間、僕はチケットとレンタカーの手配を完了させた。
こうして、昨年から始まった我が家の恒例行事は、運動会終了後に朝霧へ向かうという、ゆったりまったりとはかけ離れた強行軍になったのだ。
1年ぶりの朝霧で感じる子どもの成長
朝霧JAM当日。
運動会の親子競技に全力で参加し、そのままの勢いでレンタカーを確保した筆者は、前日に準備しておいた荷物を素早く積み込み、家族を乗せて東京を発った。
特にトラブルもなく幸先の良いスタートを切ったように思えたが、運動会の興奮が冷めやらない2人の娘が車内でもパワー全開だったのは大きな誤算だった。「車で昼寝していけば、着いてから元気に遊べるんじゃない?」という希望的観測は出発後、わずか10分で崩壊。しばらくは、車内に「おやつー!」、「ジュースー!」などの催促が絶え間なく響き、スピーカーから流れるエビカニクスは見事なまでに相殺された。
やかましい車内の状況とは裏腹に、行きの道のりは実にスムーズだった。出発時間が遅かったせいか渋滞に巻き込まれることもなく、ほぼ予定通りの時間に到着。さらに、場内の駐車場が奥までいっぱいになっていたため、逆に一番手前のレーンに通してもらえるという幸運にも恵まれた。お陰で、「明るいうちにテントを立てる」という最低限のミッションはクリア確実かに思われた。
しかし、何事も予定通りにいかないのが子連れフェスの宿命。まず、到着した時点で、抱っこ紐を家に忘れてきたことが明らかになった。1歳9ヶ月になる次女は自分で歩くこともできるが、長距離のガタガタ道となると話は別。抱っこが前提だ。そうなると、自分か妻の手がふさがってしまうので、荷物の運搬が予定通りに進まなくなる。
とは言え、忘れ物を嘆いて、ぐずぐずしていても仕方がない。今から家へ取りに帰るわけにはいかないし、なにせ日没は待ってはくれないのだ。日が暮れると場所探しのみならず、テントを張るのも困難になる。とりあえず、妻が次女を抱き、僕はテントと寝具、子どもたちのお菓子を担いで、遥か先のキャンプサイトBを目指した。
去年は事あるごとに抱っこをせがんでいた長女だったが、今年は自分のオモチャが入ったリュックを背負いつつ、しっかりと自分で歩いてくれたので、こちらは肉体的にも精神的にもずいぶん楽だった。最初は人の多さと、ステージから聞こえてくる大きな音におっかなびっくりしていたものの、次第に会場の雰囲気に慣れてきたのか、サイケデリックな装飾を見て「アレ、なにー?」と指をさしたり、光に集まる蛾を見てつけて「チョウチョがいる!」と叫ぶなど、非日常的な光景に興奮している様子だった。
そんな長女に影響されたのか、去年はほとんど抱っこ紐の中にいた次女もよちよちと頼りない足取りながら自分で歩き、「こーはー(これは)?」「こーはー?」と、いろんなものに興味を示していた。年に一度というスパンの恒例行事は、連続する毎日の中では感じられないような子どもの大きな成長に気づかせてくれる。
好奇心に突き動かされてムーンシャイン裏の坂をどうにか登りきった我々一家は、水場の近くにテントが張れそうなスペースを発見。小雨が降る中でどうにか設営を終わらせ、なんとか一晩を過ごせる準備を整えた頃には、「もしかしたら見れるかも!」と思っていたD.A.N.も、「ちょっとくらい見れるだろう!」と期待していたウィルコ・ジョンソンのライブもすっかり終わっていた。
まぁ仕方がないけど、一目見たかったぜ、ウィルコ!
日常と非日常の不思議な融合
自炊をするつもりでキャンプサイトBに陣取ったとはいえ、初日はテントを張るのが精一杯で、ご飯なんて作れないのは目に見えていたので、夕食は朝霧食堂と決めていた。ひとまずレインボーステージの端っこに椅子を下ろし、子どもたちを妻に任せて買い物に行く。
キャンプサイトにしろ、ステージエリアにしろ、「まずは拠点を作らなければ!」という使命感に駆られるのは、父親という生物の本能なのだろうか。腹を空かせている雛のために餌を探しに行く親鳥のような心持ちで、グルグルウインナーや富士宮焼きそばを買ってくると、ようやく一息つくことができた。よく冷えたビールが全身に巡っていくのと同時に、朝霧に来たという実感がジワジワとわいてきた。
心配していた雨はほとんど止み、防寒対策も万全だったので、満腹になった子どもたちは楽しそうに草の上を走り回ったり、ケンケンパをしてはしゃいでいた。その様子は、近所の公園で遊んでいるときと何ら変わらないが、すぐ側ではベル・アンド・セバスチャンが演奏をしている。それはとても不思議な光景だった。
近所の公園でベルセバがライブをするなんてことはあり得ないが、感覚的にはそれに近かった。いつものように遊ぶ子どもを見ながらベルセバの生演奏に耳を傾けるのは、ステージの前でライブを満喫するよりも贅沢な体験のような気がした。
次女はキャンプサイトに戻る途中で眠ってしまったが、普段よりも夜更かししていられるのが嬉しかったのか、長女はテントに戻ってからもハイテンションをキープしていた。
とりあえず、泥だらけになった服を着替えさせて、歯を磨こうと思ったが、歯ブラシが入ったバックが車の中であることが判明。しかし、運動会からベルセバまで一気に走り抜けた僕には、キャンプサイトBから駐車場に歯ブラシを取りに行く体力は残っておらず、今日は特別に歯磨きをしなくていいことにした。
大嫌いな歯磨きをしなくていいことを知った長女は、飛び跳ねて喜び、ますますテンションが上がった。朝霧まで来て、そんなことで喜ばれるのは親として非常に不本意だが、たまにはこういう日があってもいいだろう。