• ブンブンサテライツ、フジロックと歩んだ日々


    thankyouboomboom

     ブンブンサテライツはフジロックに9回も出演している。その9回の間、ロックとダンスを融合させ、デジタルロックとしてデビューした初期から、ロック寄りに変化し成長した姿をフジロックでみることができた。しかし、ブンブンサテライツは先日、活動終了を発表した。ヴォーカル&ギターである川島道行の病とその後遺症によることは、みなさんもご存知の通り。活動休止でなく終了という表現に彼らの無念さが伝わってくる。6月22日に発表される『LAY YOUR HANDS ON ME』が最後の作品となる。

     フジロックにおいてブンブンサテライツは、大勢の人たちを躍らせた深夜のレッドマーキー、ホームというべきホワイトステージ、ステージの大きさにふさわしい広がりのある音を獲得したグリーンステージ、どこも複数回出演して、強い印象を残した。さらに、雨、曇り、夕暮れなど天気もさまざま。フジロックらしい場面がその時々で用意されていた。ベース、ギター&プログラミングの中野雅之はブログで「あともう一息でデビュー20周年というところでしたが音楽家、川島道行との旅もあともう少しで終わろうしています。川島くんと一緒に数え切れないほどの景色を見てきました」と語っているように、我々が観たフジロックでのブンブンサテライツの景色を振り返ってみたい。

    1997年

     富士天神山での1回目のフジロック、まだアルバムを出す前のブンブンサテライツは出演していないが、以前おこなったフジロッカーズorgのインタビューによると1997年のフジロック2日目に中野はお客さんとして行ったとのこと。

    1998年

    10月 『OUT LOUD』発表

    1999年

    FUJI ROCK FESTIVAL ’99 ヴァージン・テント「プラネット・グルーヴ」 1日目 03:40~

    前の出演者 Jon Carter (from Monkey mafia)
    後の出演者 SHINICHIRO HIRATA

     ブンブンサテライツが初めてフジロックに登場したのは、1999年である。ヴァージン・テントという現在のレッドマーキーにあたるステージの深夜に登場した。

    2000年

    FUJI ROCK FESTIVAL ’00 ホワイトステージ 3日目 15:10~

    Photo by fujirockers.org

    Photo by fujirockers.org

    前の出演者 BUFFALO DAUGHTER 
    後の出演者 MOBY

     翌年の2000年に早くも2回目の出演。ホワイトステージの昼間に登場し、圧巻のステージをみせてくれた。次の出演者であるモービーとは1998年にアメリカを共にツアーした仲だ。

    2001年

    2月 『UMBRA』発表

    FUJI ROCK FESTIVAL ’01 レッドマーキー 前夜祭 22:30~

    前の出演者 Dropkick Murphys
    後の出演者 THE 3 PEACE

     3年連続で出演も、この年は前夜祭にスペシャル・シークレットゲストとして登場した。このときは前夜祭の熱気も相まってかなり飛ばしていた記憶がある。

    2002年

    7月 『PHOTON』発表

    2003年

    FUJI ROCK FESTIVAL ’03 レッドマーキー 2日目 02:45~

    前の出演者 PLUMP DJs
    後の出演者 DJ TASAKA

     自分が転換点だと思ったのはこの2003年。レッドマーキーの2日目の深夜に登場し、躍動感あるフロアの盛り上がりに対応したステージをみせてくれた。ブンブンサテライツが大きく前進したと思わせる。『PHOTON』の重さから疾走感を持つ『FULL OF ELEVATING PLEASURES』に振れていくころだ。

    2005年

    3月 『FULL OF ELEVATING PLEASURES』発表

    FUJI ROCK FESTIVAL ’05 ホワイトステージ 3日目 18:50~

    Photo by Miyuki Samata

    Photo by Miyuki Samata

    前の出演者 Doves
    後の出演者 The Mars Volta

     2005年はホワイトステージの夕方に登場し、雨が降る中、充実したステージを繰り広げてくれた。この様子はDVD『BOOM BOOM SATELLITES FUJIROCK FESTIVAL05 LIVE CUTS』として発売されたくらいすばらしいものだった。

     お客さんの反応もよく、雨さえ降らなかったら熱気がどこまで上がったのか、とんでもないことになっていただろう、と想像もできないほどだった

    当時のレポートより

    2006年

    5月 『ON』発表

    2007年

    FUJI ROCK FESTIVAL ’07 ホワイトステージ 2日目 22:20~

    Photo by Keiko Hirakawa

    Photo by Keiko Hirakawa

    前の出演者 ASH

     そしてホワイトステージのヘッドライナーに昇格。その格にふさわしいライヴを披露。レーザービームなどの演出も豪華だった。

     またひとつフジロックの歴史に名を刻むことになった。やや、ラフなところがあったように見受けられたが、こうしたフェスでは勢い勝負なところがあったので、さほど問題はなかったと思われる。その証拠に、バンドが一旦去ると当然にようにアンコールを要求する拍手が起きて、メンバーが再び現れた。そして、極限までロックンロールに近づいたエレクトロニックな音(注:「GHOST AND SHELL」のこと)がお客さんを盛り上げ、みんなにこの日の記憶を深く刻み込んでステージを終えたのだった

    当時のレポートより

    2007年

    11月 『EXPOSED』発表

    2010年

    5月 『TO THE LOVELESS』発表

    FUJI ROCK FESTIVAL ’10 グリーンステージ 3日目 17:20~

    Photo by Hiroshi Maeda

    Photo by Hiroshi Maeda

    前の出演者 VAMPIRE WEEKEND
    後の出演者 ATOMS FOR PEACE

     そして、『EXPOSED』と『TO THE LOVELESS』の2枚のアルバムをはさんで、ついにグリーンステージに進出。グリーンステージのスケールに見合った音の厚みが印象的だった。今から考えるとヴァンパイア・ウィークエンドとアトムス・フォー・ピースの間ってすごいことだ。

     この日の一番の聴きどころは”Stay”のゆったりとしてスケールの大きい音像をグリーン・ステージで十分に再現できたことだ。またひとつステップアップして、次の段階に進んでいることを確認できたものだった

    当時のレポートより

    2012年

    FUJI ROCK FESTIVAL ’12 グリーンステージ 1日目 17:30~

    Photo by Takumi Nakajima

    Photo by Takumi Nakajima

    前の出演者 The Birthday
    後の出演者 BEADY EYE

     再び夕方のグリーンステージに登場する。さらにスケールアップしてビーディー・アイやストーン・ローゼス待ちの人たちにもアピールすることができたのではないだろうか。

     強く印象に残ったのは「川島のヴォーカルがすばらしかった」ということだ。3万人くらいが観ることができるステージ全体に声を行き渡らせ、観る人まで届くような歌を歌えるのだ。どうしてもブンブンサテライツは、生演奏とエレクトロニカの合体とかそういうサウンド面から語られることが多いけれども、グリーンステージにふさわしいスケール感を持つには、歌と声がひとりひとりに届かないといけない。その課題をクリアできたのではないかと思うのだ。

    当時のレポートより

    2013年

    1月 『EMBRACE』発表

    2015年

    2月 『SHINE LIKE A BILLION SUNS』発表

    FUJI ROCK FESTIVAL ’15 ホワイトステージ 1日目 18:00~

    Photo by Ryota Mori

    Photo by Ryota Mori

    前の出演者 JOEY BADA$$
    後の出演者 RUDIMENTAL

     最後のフジロック出演となったホワイトステージ。脳腫瘍の手術を経て復帰した川島をホワイトステージのお客さんたちは暖かく迎えた。このときのステージは、川島の祈りのようなものだった。

     スローでスケール感の大きい曲で野外の開放感には非常にマッチする曲を並べてきた。音圧の高いダンスミュージックを求めている人も少なくないだろうが、ブンブンサテライツはあえて思い切った挑戦をフジロックでおこなっているのだと感じさせた

    当時のレポートより

     もちろん、これが最後のフジロックだとは思わなかった。まだ続くものだと思ったのだけれども、彼らによって放たれた音が、ホワイトステージを包み込むような、さまざまな彷徨の末に至った高み、彼らの到達点のようなものであると、今だと感じる。そうしたステージをみせてくれた彼らには感謝しかない。

     川島さん、どうか苗場でみせてくれたいろんな景色をできるだけ覚えていてください。われわれもずっと忘れません。

    Text by イケダノブユキ

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