• 【LIVE】My Bloody Valentine @ 東京ガーデンシアター 2026/02/06(金) – 轟音の中で揺らぐ心と身体、その先にあったのは肉体的衝撃と心の浄化だった

    昨年4月、その瞬間は突如として訪れた。マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン(以下マイブラ)、約7年半ぶりとなる来日公演決定のニュースが報じられた時は、本当に驚いた。2021年に『ニューヨーク・タイムズ』紙のインタヴューで、ケヴィン・シールズ(Vo/Gt)が2枚のニューアルバムを作っていると明かしているのだが、なんと言っても彼らは“あの”マイブラである。『loveless』のリリース後、『m b v』のリリースまでに22年もの歳月を要したことを考えると、そんなすぐにアルバムが完成するはずもないと思っていたし、ライブともなると一体いつになるのやら…と思っていたから、唐突なこのタイミングでの来日はまさに晴天の霹靂だった。

    そしてついに迎えた東京ガーデンシアター初日のライブは、これまでの「My Bloody Valentineのライブ体験」をさらにアップデートしたものだった。フジロック(2008年、2013年)やライブハウス(2013年新木場スタジオコーストなど)で観た彼らのステージ、それらいずれとも異なる、新たなマイブラ体験。それは、轟音の渦中にあって「My Bloody Valentineの本質・核心」の輪郭が手触りとして感じ取れたかのような、圧巻のステージだった。そんなこの日のライブの模様をレポートする。

    この日は東京公演の初日。チケットは発売間も無く完売しており、会場に入るとアリーナもスタンドも超満員の観客で埋め尽くされていた。会場には一種独特な緊張感が漂っていて、これから始まる体験を迎えるにあたって、言葉に言い表せない緊張感めいたものと期待感が入り混じった空気が感じられた。

    ふと、視線をステージに向けると、スクリーンにはアルバム『loveless』を思わせる色彩の、まるで亡霊が舞い動くような映像が映し出されていた。ステージ上と両サイドには、まるでモノリスのような細長い縦型の照明が等間隔に配置されていた。映像の演出はもちろんのこと、この「光る柱」がライブでどのように使われるのか想像するだけで、おのずと期待感は高まっていった。

    序盤から観客を一気に引き込んでいった夢幻轟音

    アンビエントでどこかエクスペリメンタルなBGMが流れる中、。開演時間を10分ほど過ぎると、ビリンダ・ブッチャー(Vo/Gt)、デビー・グッギ(B)、コルム・オキーソーグ(Dr)らが登場し、最後にケヴィンがゆっくりとステージに現れた。「今日はこのショウに来てくれてありがとう。今夜は楽しんで行って」。そんなビリンダの優しい声色の一言に一瞬ホッとしたのも束の間、爆音イントロの “i only said” からライブは幕を開けた。

    響き渡るサイケデリックなサンプリングボイス、その耽美なイントロメロディに、身体が、心が音に吸い込まれていく。背後の巨大スクリーンには、『loveless』をイメージさせる深いピンク色の気流に無数の鳥のような何かが羽ばたいている。そんな映像とまるで同期するように、両サイドに連なって配置された縦型ライトの光が瞬く。そこにケヴィンのグライド・ギターが加わった瞬間、空気の解像度がグッと上がった。そんな揺らめく轟音の中で、美麗に“響く”ビリンダのヴォーカルは、まるで透き通る実体のない存在感を示している。「あぁ、これがマイブラのサウンドだ・・・」そう思いながら、徐々に轟音と一体化していくような感覚はまさに「マイブラ体験」。ライブも始まって早々に、僕らは轟音の渦に中に引き込まれていった。

    Photo by Kazma Kobayashi

    続く“when you sleep” では、『loveless』カラーの深いピンクに『m b v』カラーのダークパープルが入り混じった高彩度なテクスチャで埋め尽くされる中で、まるでノイズという夢の奥底で鳴り響く煌びやかなポップソングを披露。『m b v』の実験性を感じさせるサウンドを象徴するような “new you” では、リズム隊のヘヴィーなビートが曲をグイグイと引っ張り、そこにビリンダの囁くようなヴォーカルとケヴィンの電子音のようなギターが加わることで、サイケデリックで且つ驚くほど軽やかでグルーヴィーなサウンドを生み出し、オーディエンスの身体を揺らしていった。

    Photo by Kazma Kobayashi

    「混沌」と「秩序」のコントラストが呼び起こした熱狂と陶酔

    この夢幻的な空間で、ケヴィンやビリンダのMC(と呼ぶにはかなり控えめなものだが)は高揚しフワフワしたオーディエンスの感覚を、一時的にニュートラルな状態へと引き戻すような役割を果たしていた。”when you sleep” の演奏後、ケヴィンとファンとの間で交わされた他愛ないやり取りからこぼれた、ケヴィンの「ラウダー・・・ラウダー・・・ファッキン ラウダー」というニヒリスティックな声色の呟き。あるいは、“new you” の後に再びケヴィンが溢した「ラウダー・・・」という囁き。それらは、身体に深く染み込んでいた熱狂や揺らぎを鎮めてくれた。

    ケヴィンの短いMCを挟み、ここからバンドは、初期衝動を孕んだ荒々しいセクションへと突入する。ガレージ・ロック的な混沌に合わせて、並べられた縦型ライトが放つ冷たい白光が空間をグリッド化した “You Never Should” では、「混沌と秩序(グリッド/格子)」その2つの相反する要素のコントラストが発火剤となり、オーディエンスの熱を再び蘇らせる。

    ここからさらに熱は上昇していく。ケヴィンがかき鳴らすグライド・ギターが会場中に大きなうねりを与えた “honey power” や、ビリンダの囁くような生々しいヴォーカルと微かなフィードバック・ノイズがヒリヒリとした感覚を与えた “Cigarette in Your Bed” を経て、会場の熱感と陶酔感はさらに増幅していった。

    Photo by Kazma Kobayashi

    “only tomorrow”では、地を這うようなデビーの重厚なベースラインが生み出す質量が会場全体を支配。その圧倒的な音の質量のウォール・オブ・サウンド、そしてその中から切り裂くように客席に向けられたケヴィンのギターノイズとの対比は、マイブラが『m b v』で到達した新たなサウンドの境地だった。
    そんな『m b v』のモードが乗り移ったようなコルムが刻むドラムビートが印象的な “come in alone” では、どこまでもメランコリックな旋律が響き渡り、再びオーディエンスをカオスな音空間の内側に閉じ込めていく。

    Photo by Kazma Kobayashi

    人間の感覚をも麻痺させるMBVの混沌性

    Photo by Kazma Kobayashi

    彼らのサウンドをずっと浴びていると、自分がどこで、何のために、何をしているのか、理性的に認識できなくなっていく感覚に陥るような感覚になる。それに起因するのは、マイブラがこれまでリリースしてきた3枚のアルバムと1枚のEPには「轟音」の一言では説明しきれない、マイブラの混沌性であり、ケヴィンの「音」へのあくなき探究心がもたらした “効果” に他ならない。25年間に産み落とされた作品たちは、まさにその結晶であり、そこにある様々なアプローチによる轟音がそれぞれの混沌を生み出しているのだ。

    そこに投下されたのが彼らの代表曲 “only shallow” の爆音イントロだった。スクリーンが真っ白に発光し、明滅する縦型のライト。ビリンダのエンジェリックな歌声と、狂暴なまでに歪んだケヴィンのギターサウンドとのコントラストは、マイブラのアイコニックな存在を決定づけた完璧な黄金比だ。人間が理解できる情報の飽和点をゆうに超えた高解像度のノイズが身体全体に響き渡る。幾重にも重なるフィードバック・ノイズに包まれた会場の中で、僕らはただただ立ち尽くし、浴びていることしかなかった。

    轟音の衝撃波が吹き荒れた “only shallow” 。その熱狂を鎮めるような “off your face” が夢見心地な余韻を残し終わると一転、切り裂くギターリフ&ストロークが身を刻んでいく “thorn” が始まった。シャープに研ぎ澄まされたギターという名の “棘” が、甘い旋律を切り裂いていくスリリングなサウンドは、あまりにも刺激的で、曲が終わってもヒリヒリとした感覚を身体に与えた。
    そこから矢継ぎ早に始まったのが “Nothing Much to Lose” 。この曲が持つパンキッシュに疾走する轟音ノイズサウンドは、自分の中にあるプリミティブな“ロック”の概念とどんどんリンクしていく。昂るテンションと、湧き上がる熱、そして心の奥底から突き動かされる衝動。初期のマイブラが持つ、剥き出しの破壊的衝動と切なさが混在したメロディを浴び、オーディエンスの理性はますます失われていく。しかし、その混沌でさえ心地よく感じられるのだから、まさに至高としか言いようがない。

    重低爆音を解体させた “soon” の轟音ダンスビート

    Photo by Kazma Kobayashi

    あっという間にライブは後半に突入。“who sees You” では、粘り気のある重厚なギターリフが、空間の重力そのものを歪ませ、そこに深いリバーブの海に沈んでいくケヴィンとビリンダのヴォーカル&コーラスが楽曲に神秘的な深みを与えていく。そこから続いた “To Here Knows When” でサウンドの抽象度はさらに上がり、轟音のブラックホールに吸い込まれるような感覚をもたらす “Slow” では、インダストリアルな重低音の振動と縦型ライトが同期するように明滅し、聴き手の平衡感覚を執拗に揺さぶっていった。

    “Slow” が終わり、ギターをラフにかき鳴らしながら、再び観客と会話し始めたケヴィン。彼は一見クールで気難しい人に見られがちだが、実際はラフな一面も持ち合わせている。実際インタビューなどではユーモアを交えて話をしたりもするし、「そこまで明け透けに話す人なんだ」というぐらいオープンな人なのである。そんな彼と観客との会話は、まるで母国人同士がジョークを言い合うかのような雰囲気があって、そのあまりの他愛のなさに思わず「ふふふ」と笑ってしまうビリンダ。かと思えば、日本人のファンからの「We love you!」の言葉に、低いトーンで「We love you tooooooooo.」と返してみたり。気がついたら、再びニュートラルな身体と感情に戻っていた。恐るべしケヴィンの談笑マジック・・・。

    続く曲で、彼らは自らのパブリックイメージを解体していった。『loveless』の淫美な轟音サウンドの中にあって、異質な存在感を放つダンス・ビートナンバー “soon” だ。この曲は、ケヴィンが当時影響を受けた、パブリック・エネミーを筆頭とするヒップホップのループ要素や、88〜89年当時のマッドチェスターの熱狂を自身のノイズ・サウンドデザインへと大胆に組み込んだ、ケヴィンの実験性が如実に反映された曲である。轟音の中に注がれる幾重に重ねられたようなギターによるサイケな音の色彩と強靭なグルーヴによって、会場のボルテージは急上昇。轟音に溺れながら踊るオーディエンスに最高の多幸感を与えた。そして、ここからライブは壮絶なクライマックス・タームへと突入していく──。

    圧巻のホロコースト・セクションもたらしたのは“肉体の破壊”ではなく“心の浄化”だった

    Photo by Kazma Kobayashi

    クライマックス3曲は、もはや「観る」「聴く」というライブにおけるプリミティヴな行為を許さないほどに、幻想的で峻烈的な音で僕らを支配した。その序章となったのが、静寂を切り裂くような超爆音・高速ビートイントロから始まった “wonder 2” だった。サポートメンバー含めたメンバー5人全員がギターを構え、そこから発せられたのは凄まじい “音撃”。大音量のドラムンベースを思わせるサンプリング高速ビートと5本のギターが生み出すサウンドは、まるでジェット機が飛び去るようなフランジャーサウンドとなり、オーディエンスの身体へ激しく撃ち込んでいく。それと同時に、ステージ上の縦型ライトが激しいストロボとなり垂直の閃光を乱射。視界は真っ白な音の斬撃に飲み込まれ、筆者は言葉を失い、ただただ圧倒的な音の嵐に身を委ねる ──。

    曲が終わっても、バンドは一瞬の静寂すら許さない。“wonder 2” の強烈な音圧がそのまま繋がるように暴力的ノイズが炸裂する “feed me with your kiss” へ突入すると、コルムのドラムが剥き出しの攻撃性を放ち、ケヴィンたちのギターと凄絶なせめぎ合いを魅せた。 そこに生まれた狂乱に呼応するように、縦型ライトが限界を超える速度で明滅。中盤に挟まった3度のブレイクという名の“焦らし”を経て解き放たれた猛爆音は、僕らを異世界へ強制的に引きずり込んでいった。その圧倒的なエネルギーの放出は、壮絶な終幕に向けての序章にすぎなかった。

    そんな圧巻のラストは、その瞬間の記憶と感情を消し去るような “You Made Me Realise” だった。イントロの疾走感溢れるギターリフが響き渡ると同時に、会場は熱狂の渦に包まれる。しかし、この曲の真骨頂は、その中盤に訪れる試練の時間、通称「ホロコースト・セクション」にある。突如として曲の構造は崩壊し、約7分間にわたって鳴り続けた凄まじいボリュームと猛爆音ホワイトノイズ。それはもはや音楽の枠を超え、物理的な圧力として全身の細胞を震わせる「音の暴力」だった。全身の細胞を揺さぶるような猛烈な爆音の中、オーディエンスは意識が遠のくほどの圧に耐え、抵抗し続ける。しかし、この「肉体の破壊」とも言える音の暴力に身を委ねるうち、そんな感覚は徐々に変容していった。それは、爆音が内なる邪気を斬り払う斬撃となり、心が浄化されていくような感覚だった。曲が終わると、疲労感と深い満足感に加えて、まるで無垢な状態へと回帰したかのような感覚に包み込まれ、ライブは終幕を迎えた。

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    凄まじさ極まったライブが終わり、しばし唖然とする中、筆者は漠然と考えていた。マイブラとは一体何なのか?僕らが彼らのことを、まるで呼吸をするように “シューゲイザー” と呼んでいる彼らの本質・核心とは何なのか?それはおそらく「探究心」だと筆者は考える。マイブラが持つ揺らめく轟音サウンドも、アルバム毎にアップデートされる圧倒的サウンドデザインも、それがもたらす痺れるようなライブ体験も、それら全てがケヴィン・シールズの「探究心」によるものだ。

    終演後、場内に流れ出したBGMは、ELOのポップソング “Livin’ Thing” だった。最初はライブの衝撃度とのギャップに面を食らったものの、よくよく考えればこの選曲は非常に腑に落ちるものだった。マイブラの轟音の奥底にあるメロディの純粋さは、ケヴィンが幼少期に聴いていたザ・ビートルズやビーチ・ボーイズといったポップスの本質を極限まで増幅させたものとして共通しているからだ。この選曲は、ケヴィンがジャンルに囚われず様々なサウンドをマイブラの音に注入しようとする探求心の一つの表れだと感じた。そこには「マイブラの本質・核心」があるように思えて、帰路につきながらもライブを思い返し、再び胸が高鳴った。

    <セットリスト>
    01. i only said
    02. when you sleep
    03. new you
    04. You Never Should
    05. honey power
    06. cigarette in your bed
    07. only tomorrow
    08. come in alone
    09. only shallow
    10. off your face
    11. thorn
    12. Nothing Much to Lose
    13. who sees you
    14. to here knows when
    15. slow
    16. soon
    17. wonder 2
    18. feed me with your kiss
    19. you made me realise

    Text by 若林修平

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