• 【日高正博 × 花房浩一対談】はじまりの2人

    年月を重ね、新たな局面を迎えたり、挑戦がある一方で、望まない変化に直面することもある。対談直前に飛び込んできたのは、グリーン・ステージにてメインMCを務めていた、スマイリー原島氏の訃報だった。

    【スマイリー原島氏の訃報】

    花房:こないだ、スマイリー原島さん亡くなったやん。

    日高:聞いたよ。スマイリーな。

    花房:原島さんは去年のフジロックに参加したあと、9月ぐらいから体調不良になって、ずっと闘病生活をしてたそうなんだけれど、俺は全く知らなかったのよ。で、いきなり訃報が届いて、熊本の葬儀に行ってさ…

    日高:うち(SMASH)の連中も行ったろ? うちの連中が葬式に行くっつったから、「行ったら俺の言葉として言え!」って伝えたんだ。「ばかやろう」って…あいつとは仲が良かったんだよ、俺も田舎が熊本だからね。

    花房:うん。

    日高:ちょうど熊本に帰った時に、一緒に酒飲んだりな。その時にあいつが、「ラジオ番組を持ってるから、日高さんも出てくれ」って来てさ。俺も「いいよ」って出たんだけれど、もうね、音楽も何にもかけないで、彼と二人でただひたすらバカ話をしてたんだ(笑)。プロデューサーの人が来て「こんな番組は初めてだ」って喜んでいたけどね。はっきり言って、(亡くなったと聞いて)びっくりしたよ。いやあ…本当にショックだったよ。

    花房:うん。みんなそうだよ…それまで日高も何も聞いてなかった?

    日高:聞いてないな。

    花房:まあ、本人が周りに言わなかったみたいだけどね。

    葬式にはSMASHのスタッフ、HOT STUFFのスタッフ、みんな行ってた。ルースターズのメンバーももちろん居てさ。

    日高:みんな居たのか。よかったよかった。

    花房:供花の数がさ、とんでもなかったよ。隣に待合室があって、葬儀をする会館へと続く通路がもう全部、花で埋め尽くされていて、いろんなミュージシャンの名前…布袋(寅泰)とか、奥田民生とかさ、UAに、当然ルースターズの池畑さんや大江さん、日高の名前もあったし、俺も送ったんだけれど…でもさ、俺は、そこに名前がある人たちとは違って、フジロックでしか原島さんのことを知らないの。

    元々、アクシデンツというバンドをやっていたというのは、写真を見たりして、情報として知っていただけ…だから、彼がミュージシャンの間でどれだけ慕われてたか、フジロックの外でも本当に凄いことを成し遂げてきていたんだなというのがね、しみじみわかったよね。改めて、申し訳なかったりしてな。俺は何も知らんかった…みたいなさ。

    日高:いい奴だったよな…本当にな。

     

    大将の発する「ばかやろう」には、親しみが込められている。九州は熊本出身の大将だが、喋りはまるで江戸っ子みたいというか、どこか、「べらんめえ口調」に聞こえる。時折飛び出す強い言葉や文句の中にも、必ずと言っていいほど、人情味が含まれているように思うのだ。対談の場となったのは大将のご自宅だったのだが、リビングの、それもすぐに手が届くところに「男はつらいよ」のボックスセットが置かれていたことで、ようやく腑に落ちた。この昭和の名作が大将の芯の一部となっている。ところ天国に「富士映劇」が設けられ、初めて映画が上映されることとなった際、「男はつらいよ」の第1作目がスクリーンでかけられ、毎年ラインナップに入っていたことも無関係ではないだろう。

    ※富士映劇10周年、「男はつらいよ」公開50周年がちょうど重なった節目には、山田洋次監督直々のフジロック特別メッセージが寄せられることに。

    大将の口から発せられる威勢のよい言葉は、実のところ、毎回インタビューへと向かうたびに期待していたもの。というのは、ひとたびバチバチとやりあう状況ともなれば、とたんに眼が輝きだして、さらに饒舌となり、輪をかけて楽しそうに語ってくれるからだ。例によって、寅さんになぞらえるなら、啖呵(たんか)切り、といったところかもしれない。口撃は子ほどに歳が離れている我々に対して発せられるのはもちろん、(生意気な)花房に対しても、遠慮なく投げつけられる。

    【次の世代について】

    花房:元から考えてたことのひとつでもあるんだけれど、俺らはもう年寄りなわけ。原島さんが亡くなったことで、またそんなことを改めて強く思ったのよ。だってさ、前夜祭の苗場音頭をやる時に、いつも彼がマイクを持って声を張り上げていたわけじゃん? でも、これからは彼が居ないわけよ…そういうことをいろいろ考えちゃうのね。で、日高の中ではどうなのかな? と思ってさ。

    日高:長く生きてりゃいろいろあるよ。そりゃあな。

    花房:日高の立場にしても、「隠居してる」とか、色々言われてるわけ。実際のところはどうなのよ?

    日高:なに? 隠居だ? ばかやろう、してねえよ!

    一同:(笑)

    花房:日高がさ、その、あんまり細かいとこまでスマッシュに対して言えないんじゃないかと。ここでこうしろ、ああしろみたいなことはね?

    日高:そんなことねえよ。

    花房:というかさ、日高はさ、客を呼べないようなことを言うやん?

    日高:いや、要するに「面白いこと」が一番いいんだよ。ただ、去年のブッキングについては、「お前らがやれ」って言ったんだ。俺は7ヶ月も病院にいてできなかったからな。半年以上だぜ? 「もうそろそろお前らの時代だ」って。

    花房:俺もさ、フジロッカーズ・オーグをずっと続けてきて思うことは、「俺らみたいな年寄りがいつまでも出しゃばってちゃダメだろ」ってことよ。次の世代がもっと動くようにならないとダメだと思うし。

    俺はいつも前夜祭でさ、MCとしてレッドマーキーのステージに出て行って、バンドが出てくる直前にフジロッカーズのみんなに挨拶するじゃん。これ、2006年からずっとやってるわけ。それをやりながらも、「70超えのジジイがテメエらに話すことってそんなあんのかよ?」みたいに思う部分もあるわけよ。

    日高:MCに歳は関係ねえだろ? 俺らはやりたいことやって、それでみんなが楽しけりゃいいんだ。なんか文句があったら直接言ってこいよ。一発ぶん殴ってお返ししてやる(笑)

    一同:(笑)

    花房:まあ、でもフジロックは、もう世代を超えるものになっているのよ。

    日高:それはそうだな。お客さんが、家族を連れて来てくれるのが一番嬉しいんだよな。

    花房:本当に嬉しいよな。子供どころか、孫まで連れて来てるもんね。

    日高:最高だよな。

    花房:うちのスタッフもさ、毎年、親父とお袋を連れて来てるからね。その親御さんたちも、めちゃくちゃ喜んでるわけよ。

    日高:それほど嬉しいことは無いよ、本当にな。

     

    フジロック前夜、「無謀な挑戦」、「ギャンブル」、「スマッシュ、いよいよ狂ったか」と受け取られていたにもかかわらず、今や日本を代表するフェスティバルとなり、3世代にまたがるほどの歴史を積み重ねてきたというのは紛れもない事実。影も形もない立ち上げから、ずっと見てきた両者。世代の話になると、噛みしめるように「嬉しい」と口にしていたのが印象的だった。

    【フェスティバルと祭り】

    日高:他でやってる日本のフェスティバルはどうなんだろうね。世代を超えて来てんのかね?

    花房:日高は行ったことないからわからないと思うけど、去年から、昔のオレンジ・コートがあったところにステージ(オレンジ・エコー)が復活してさ、そこは、愛知県豊田市で「橋の下世界音楽祭」(※以下、橋の下)を主催している人たちが関わっているんだよ。ずっと噂では聞いていて、去年、初めて行ったんだけれど…「タートル・アイランド」っていうバンドがいるじゃん?

    日高:うん。

    花房:彼らが中心となって、ずっと豊田市でやってる「祭」があってさ。それがね、いわゆる日本的だったり、アジア的だったりするわけ。で、去年初めて、「橋の下」のスタッフがオレンジのところのステージづくりでフジロックに関わって、かなり成功したのね。まだ手探りだと思うけれど、今後、彼らが地元でやってるようなことを本格的にあそこで展開しだしたら、さらに面白くなると思うんだよ。

    俺らはつい「フェスティバル」と言いがちだけれど、「橋の下」に関しては本当に「祭」なわけ。だから地元の人やら、地方の人やらが、「自分たちで何かをやる」みたいなのがいっぱいある。例えば、伝統工芸に携わるおじさんが、なんか作ってるとかさ。例えば…あったよね?

    スタッフ:かつて、フジロックの場外スペースにおいて京都の「カドヤ」さんが試みたような、出店側もアジトのような「やぐら」を作ったり、自由度がかなり高いです。極端な例を挙げると、鍛冶屋なんてのもあって。ずっと薪をくべては火を焚いて、カツンカツン、と鋼を打っていたり。

    日高:それ、いいな!

    花房:そうそう。しかも出るバンドも、いわゆる西洋がメインじゃないんだよね。アジアのバンドとか、まあ地元のバンドももちろん出ているし、あとは子どもがステージに出てきたりだとか、民謡の唄い手さんが出てきたりもする。

    スタッフ:中国、琉球、韓国、日本の獅子舞を同時に見せたりとかもしていました。なにも音楽に限ったことじゃない。「祭」で間違いないんだけれど、アナーキーだったりカオスだったり、それらもまるごとひっくるめて煮込んだ闇鍋みたいで。それぞれがてんでバラバラなんだけれど、自治がうまく機能しているというか、「前向きなコミュニティの成り立ち」を目の当たりにできる場、とまで言い切ってもいいかもしれない。

    花房:らしいんだよ。年によって若干コンセプトは変わるみたいだけれど、基本的な部分は一切ブレていない。そういうことを、「橋の下」ではやってるわけ。だから日高にはオレンジ・エコーに来てほしかったんだよ。日高があれを見てどう思うか? というのがね。今年チャンスがあったらさ、ぜひ足を延ばしてほしいけどさ。

    日高:フジロックに関わる奴らはみんな、本当に一生懸命やろうとしてっからな。これからもいいものが生まれてくるよ。

     

    繰り返しとなるが、フジロックの立ち上げが、前代未聞の大きな「挑戦」だったのは間違いない。だが、大将個人にとってはフジロックの立ち上げであろうが、川にブリキのサメを浮かべることであろうがすべてに全力、スタンスはさほど違わないように思う。花房は、大将の真骨頂である「挑戦」の意思が、今なお健在かどうか確かめるかのごとく、大将とフジロックの未来について次のように問いかけた。

    【メッセージに対する返答】

    花房:日高はさ、フジロックをどうしたいん? 満足してるわけないやろ?

    日高:俺が満足するって? ばかやろう、俺は何に対しても満足したことはねえよ。

    花房:そやろな。

    日高:そりゃあ、お客さんには満足してほしいよ?

    花房:うん。

    日高:やっぱりフジロックについては、あんなことをやりたいとか、こんなことをやりたいとかは常にあるからな。あそこは、知らない音楽だったり、人々との触れ合いの場所だと思ってんだ。だからいろんなものをできる限り紹介したいんだよ。

    花房:そやな、ありがとう。俺らジジイの話としてはこんなところかな?

    日高:オッケー?

    スタッフ:ありがとうございます。まず、今回の対談の成り立ちとして、「フジロッカー」の皆さんからのメッセージの存在があるというのはお伝えした通りです。そこで、ひとりひとりに対する返答は難しいと思いますが、日高さんに対してメッセージを綴った皆さんに対しての呼びかけといいますか、改めて言葉をいただいて締めたいと思うんですが、いかがでしょう?

    日高:そうだな、なんにも期待しないでください(笑)

    一同:(笑)

    日高:とにかく面白いことをやるからな、それだけだ。なんにも期待しないでフジロックに遊びに来てください。バカみたいなこと考えてます。そんな「バカ」を楽しんでください。それこそが、フジロック。よろしく!

     

    やはり天邪鬼、最後にふざけやがったよ! などと思いつつ、しっかりオチをつけて、この日一番の笑いをさらう。なにもフジロックにおける仕込みだけではなく、話の中でも楽しませようとしている、と思い直したり…今まで行った大将インタビューの場でのやりとりを振り返ってみれば、あながち間違いではない。さらに付け加えるなら、かつて、「本当は当日まで誰が出るかも伏せて、タイムテーブルも発表しないままフジロックを開催したい」とのアイデアを表明したこととも、地続きな気がしている。何事においても—それがインタビューであろうがフェスの運営であろうが—少しでも楽しめるような仕掛けを考え、あわよくば驚いた顔を見てやろう、という点において、大将はブレがない。

    「なんにも期待しないでください」

    噛めば噛むほどストンと腑に落ちる、締めの言葉ではないか。

    それに、わざわざメッセージを送るほどの大将ファンであれば…いや、大将フリーク(変わり者)にとっては、期待を裏切らない言葉として強く響くはず。果たして今年の苗場で、新たにどのような「くだらねーモン」を仕込んでくるのか、今から楽しみでならないし、いつまでも天邪鬼な大将を見ていたい、とも思うのだ。

    追記:
    過去記事とのリンクを探しているうち、fujirockers.orgアーカイヴより、今年のフジロックに出演が決定しているマッシヴ・アタックの面々が、フジロック初年度(97年7月27日付)に記したメッセージがみつかりました。初日の台風直撃と、それによる出演キャンセルについてのコメントが記されています。上部にホテルのクレジットがあるところを見ると、現地で直接スタッフに渡されたものでしょう。日本のフェスティバル黎明期の一端が感じられる貴重な資料であり、大将こと日高氏は、「Masa-San」のニックネームで記されています。今回の対談では触れられていないものの、ブッキングの面においても、「Masa」をはじめとしたスマッシュの皆さんが、相当な熱意と対等な目線を持ってミュージシャンとの交渉にあたっていたことがわかります。

    進行:花房浩一(fujirockers.org主宰)
    執筆・編集:西野タイキ
    撮影:森リョータ(CYANDO LLC)

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