スマイリー原島さんへ
- 2026/01/13 ● COLUMN

Fuji Rock Festival ’21 | Photo by suguta
悲しくてたまりません。
1月7日、スマイリー原島氏の訃報が伝わり、フジロック仲間に「聞いたか?」とメッセージを送ると、そんな言葉が返ってきた。
どこかで間違いであって欲しいという気持ちがあった。というより、信じたくはなかった。だから、真っ先に、彼とずっとフジロックで仕事をしている仲間に連絡して、その知らせを確認しようとしていた。
だって、そんな気持ちになるだろ? 去年のフジロックではいつもと変わらない元気な姿を見せていたし、なにもかもが当たり前のように動いていたじゃないか。前夜祭が始まる頃に顔を合わせて、互いに生きていることを確認する。「元気だった?」「元気だよぉ」と何年も同じような会話を繰り返しているのだ。たいていは、苗場音頭が鳴り響く、前夜祭の直前かな、彼と顔を合わせるのは。時には一緒にやぐらの上に立つこともあった。そして、みんなが幸せそうに踊る姿を尻目に、フジロック・エキスプレスの本部テントに戻って、レッド・マーキーに立つ準備を始める。そして、いつものフジロックが始まるのだ。
どこかで、それがずっと続いていくものだと思っていた。もちろん、今年も同じようにフジロックが始まるんだと、なんの疑いもなく感じていた。が、この知らせを受けて、命ははかないという現実を目の当たりにするのだ。そして、なにやら自分の一部が失われたような虚脱感に襲われていた。悲しい、悲しい、悲しい。本当に悲しい… 何度その言葉を重ねてもたりないぐらいの悲しさがこみ上げてくる。もう、会えないのだ。いつもニコニコしていたあの顔を見ることもできなければ、特徴あるしわがれ声も聞くことができない。
原島氏で前夜祭が始まり、グリーン・ステージで本番が始まるときも、忌野清志郎の歌『田舎へ行こう』と彼の声でことが動き出す。そして、最後、全ての演奏が終わってフジロックが幕を下ろすときにも、必ず彼がステージにいた。いつからだったろう、フジロック・エキスプレスでずっと続けてきたのがそれを記録すること。その前に彼とコンタクトして簡単に打ち合わせをしたりと、フジロックの始まりと終わりに必ず言葉を交わし、姿を目にしてきたのが原島氏だった。
あの知らせが届いてからというもの、彼と共有したいろいろな光景が頭の中に浮かんで、あの声が聞こえていた。もちろん、全てがフジロックでの出来事だ。ちょっと時間ができて、お目当てのアーティストを見に出かけると、彼がそこにいて、目が合うのが嬉しかった。「やっぱ、いるよぉ」なんて言葉が出てきて、「だよね、これは見逃せないよね」という話になる。たいていはフィールド・オブ・ヘヴンで、流行とは無縁な昔のアーティスト、ブルースやソウルからファンク系がほとんどかな。何度もあったそんなことが、これから起こることはもうない。
自分が知っているのはフジロックでの原島氏にすぎない。アクシデンツのジャケットで彼を見た時も「へぇ、そうなんだ。バンド、やってたんだ」と、彼を愛する人たちからはひんしゅくを買いそうなていたらく。ごめんなさい。それでも、彼は一緒にフジロックを作っている、かけがえのない仲間なのだ。
最後のお別れをしようと向かった、彼の地元、熊本でのお通夜と葬儀で彼がどれほど多くの仲間から慕われ、愛されていたかということを再確認することになる。かすかにブルースが鳴るそこには、フジロックの仲間が何人も集まっていたし、音楽業界の友人やミュージシャンたちもいっぱい姿を見せていた。そして、パンクからニューウェーヴを経た日本のロック史を網羅しているようなアーティストの名前の数々が供花に記されている。それがそのまま原島氏がどれほど重要な仕事をしてきたかを語りかけていた。
棺に入った原島氏を見た時、不謹慎かもしれないが、なんだか彼が微笑んでいるように見えた。そして、いつもみんなをハッピーにしてくれた彼の声が聞こえるのだ。「おいおい、くよくよすんなよ」という感じかな。葬儀場に広げられたスクリーンに映されていたのは、満面の笑みを浮かべて音楽を楽しむ彼の姿。もちろん、フジロックで撮影された写真の数々もいっぱい映し出されていた。
「ありがとう。原島さん、ありがとう」
出棺の前、心の中でそんな言葉を彼にかけていた。足下には、苗場音頭の時に彼が身につけていただろう、フジロック・フェスティヴァルの法被が広げられている。そして、首のあたりには愛用していたんだろうサングラス。棺が参列者の前を通り過ぎるときが、彼の顔を見て最後の最後の挨拶となる。棺にふたがされて、霊柩車に移すときにも、それを支えていたなかにフジロックの仲間がいた。
「さようなら」
火葬場に向かった車を見届けて、熊本駅に向かうタクシーの中、グリーン・ステージの最後を撮り続けている仲間と原島氏の思い出話に花が咲いていた。
「サンセット・ライヴでも、ミュージシャンが、みんな、原島さんに挨拶に来るんですよ」
その取材も続けている彼からそんな話を聞きながら、原島氏の生き様に思いをはせる。あまりに当たり前なんだが、始まりがあれば、終わりがある。生まれたら必ず死ぬ。重要なのはその真ん中で、いかに生きるか。それを考えて思うのだ。原島氏がおくった人生を心から祝福したい。そして、そのどこかでなにかを共有できたことに感謝したいと思う。
今年のフジロックに生身の原島氏が姿を見せることはない。でも、すでに彼はフジロックの一部となっている。これまで多くの仲間がこの世を離れても、折に触れて名前が浮かび、語り継がれてきたように、彼はいつも僕らと一緒です。
2026年1月12日
フジロッカーズ・オルグ主宰
花房浩一

POKIさん&スマイリー原島さん | Fuji Rock Festival ’99 | Photo by Fujirockers.org

MC POKIさん&スマイリー原島さん | Fuji Rock Festival ’12 | Photo by suguta

Fuji Rock Festival ’21 | Photo by suguta

Fuji Rock Festival ’21 | Photo by suguta

日高大将&スマイリー原島さん | Fuji Rock Festival ’21 | Photo by 粂井 健太、suguta

日高大将&スマイリー原島さん | Fuji Rock Festival ’21 | Photo by 粂井 健太、suguta

Fuji Rock Festival ’25 | Photo by エモトココロ




