認真戀愛”大港開唱”五秒前 ~台湾のロック・フェスに行きたいわん Vol.2~
- 2025/05/22 ● REPORT
*第二天*
朝7時まえに目覚めて、ホテルのビュッフェで果物と野菜、オレンジジュースの軽い朝食をとったあと、美味いコーヒーを求めて周辺を散策してみる…が、日曜日だからなのか、早餐(朝食)屋さんは8時を過ぎてようやく営業しはじめたものの、カフェがまったくあいていない。美麗島駅のまえと地下コンコースに2軒ほどあるだけで、カフェ自体がそもそも少ない。結局、少し早めにいって会場のちかくで探すことに。ゲートのすぐ隣の早餐屋さんの商魂たくましいおばちゃんに誘われるがまま、ようやくカフェオレを飲むことができた。繁体字のメニューにも片言の英語を駆使して丁寧に説明してくれて、朝のひとときをくつろいで過ごすことができた。
2日目は昨日にも増して染みわたるような青空だ。吹きぬける潮風がここちいい。
ゆっくりとカフェオレを飲んでから、『人生的音樂祭。』と題されたオレンジ色のゲートをくぐったものの、開演まではまだまだ時間がある。ので、まずは「台湾啤酒」のブースでビール。今日は1缶から買えた。大港橋の手前に仮設された浮橋をわたって「南霸天」のある九號碼頭(9号埠頭)側に。こちらも改装した倉庫跡にレストランやショップが入っていて、「ピーナッツ」のコンセプト・カフェではスヌーピーのオブジェなんかもある。その倉庫跡の影に仲間と腰をおろして、昨晩の夜市で買って食べきれなかった一口蟹(ソフトシェル・クラブ)をつまみながら、乾杯!
正午まえになり、岸壁沿いを1km歩いてまずは「女神龍」をめざす。
この日のトップバッターは「淺堤 Shallow Levée」。今年の大港開唱の出演者でフィジカルな音源を持っていたのがこの「淺堤」と、おなじくこの日出演する「拍謝少年 Sorry Youth」で、両者とも何度か来日しているなかで、ぜひとも台湾で観たかったバンドの1つ。淺堤 Shallow Levée は、東京青山のライブハウス「月見ル君想フ」のアジアのインディーズに特化したレーベル「Big Romantic Records」からLPがリリースされている。月見ル君想フが台北店をオープンさせたのが2014年だというから、知らないところでネットワークが築かれているんだな。
霧笛のSEが鳴らされ、地元出身ということもあって1曲目は「高雄」からスタート。港町でのアンニュイな日常を綴った台湾語の歌詞は、表意文字である漢字の特性もあって、短い音節でも情報量が多くて、エッセイを読んでいるように情景はとても豊か。事前に日本盤のLPに同封されている対訳を追いながら聴きこんでいたのだが、そんなことは洋楽を聴きだした中高生のとき以来。とても新鮮な気持ちになれる。青春を巻き戻そう。
肩肘の張らない演奏が、マリーナをのぞむ日曜日の昼下がりにちょうどよい感じ。いまどきシーケンサーを使用しないローファイな音も魅力だし、なにより安心させられる。ほどよき高揚感と一体感。紅一点の依玲 Yi ling の伸びやかな歌声が潮風にのって、芝生のアリーナから紺碧の高雄湾のさらに沖へと運ばれていく。バンドのロゴマークにあしらわれたカモメがぴったりだ。山に囲まれたフジロックの「フィールド・オブ・ヘブン」にもあいそう。彼女たち自身、日本の音楽からの影響やあこがれを述べていて、大港開唱の公式サイトのプロフィールでは、Fishmansやサニーデイ・サービス、Mitsumeの名を挙げている。
去年の5月に台北を訪れたときには、フジロックに出演した3、4つのバンドくらいしか知らなかったにわかだけれども、台湾のインディーズ・シーンを聴いていて思うのは、歌謡曲やアイドルといったメインストリームのポップスと、オルタナティヴで等身大の音の、両者をバランスよく消化しながらさらに探求しているんだな、ということ。なんだか、メジャーどころとインディーズが両極端に分断されている日本とは、どこかの時点で枝分かれして独自の系統樹で進化した、生きわかれの兄弟か姉妹を見ているみたいに感じる。洋楽離れがいわれて久しい日本の若い世代にも親しまれやすいんじゃないかな。ひょっとしたら、邦楽のインディー系以上に。
そんな生きわかれた姉妹のような音楽を体現しているのが、続いて「女神龍」に登場した「ゲシュタルト乙女 Gestalt Girl」で、日本語で歌う台湾のバンド、というユニークなスタイル。日本に留学した経験のある両親の影響で、子どものころから邦楽に親しみ(憧れのバンドにGRAPEVINE、くるりを挙げている)、こっそりと日記をつけるような感覚で日本語で曲を作りはじめた、というから、べつになにかを狙ったわけではなくて、ヴォーカルのMikan Hayashiのアイデンティティに根ざした歌が、良質のJ-POPのメロディからシューゲイザー風のギターの洪水まで、繊細かつ壮大な演奏にのせて歌いあげられる。馴染みがあるのに、でもどこかちがう感覚…エッシャーのだまし絵の世界に迷いこんだ気分。
「高雄、大好き!」と、MCも日本語でこなすのだから、ますますパラレル・ワールドに来てしまったような錯覚に。4月のバンドでの来日に引き続き、6月に東京と京都でMikanの弾き語りツアーが予定されているのだと(※東京公演は執筆時点ですでに完売らしい)。終盤には台湾のベテラン・スカ・バンドだというSKARAOKEが登場、すじ雲のすきまから降りそそぐ日射しとともに一気に祝祭感が増すなかで、贅沢なホーン隊を従えて最後はEGO-WRAPPIN’「A Love Song」のカヴァーとくれば、それこそ ”パラレルなフィールド・オブ・ヘブン” といった趣きになる。
屋内ステージの「海龍王」ではWONK、大港橋をわたった「南霸天」ではChilli Beans.の日本勢も控えるなか、仲間に薦められるがままに倉庫跡のライブハウスにある「海波浪」ステージの「莉莉周她說 Lily Chou-Chou Lied」へと向かったものの、すでに満員で、隣接する50~60人規模の小さなライブハウスの「藍寶石」ステージの入り口から、あふれ出た観客の背中越しに少し聴いただけ。WONKを観にもどった仲間とわかれ、倉庫の屋上にある「出頭天」へ。
台湾の「Blueburn」は90年代のLisa Loeb & The Nine Storiesを彷彿とさせる要注目のバンドということもあってか、着いたときには絶賛入場規制中。おまけに次の「DEW」目当てに入れ替わりで入場を待つ観客の列が、倉庫沿いの歩道のはるか先にまで伸びている。うーん、とここは潔くあきらめ、会場を抜けだして駁二大義站でライトレールに乗り、今回のフェス旅のミッションの1つ、台湾のバンドのCDとレコードを求めて高雄の街へ。
地図アプリをたよりにたどり着いたレコード屋は、ジャズの新譜が中心で、結局、戦果なく手ぶらでまたもどってくることに。駁二蓬萊站で降りて、オリエンタルなメロディの女性ヴォーカルとオルタナティヴな音像が特徴の台湾のバンド「Hello Nico」の途中からまにあうかと思ったけれど、次の岡崎体育を観るための長蛇の列のためだろうか、これまた「海龍王」は入場規制。台湾の観客の熱心さと貪欲さ、それに根気強さには逆に感心させられる。大義公園を通りぬけるとき「青春夢」から聴こえてきた、「Our Shame 凹與山」のフォークトロニカ風の癒される歌声に、ふと足をとめる。
いろいろと目論みが狂って、さすがに動きまわるのにも少し疲れてきた。気がつけばもう午後5時まえになって、日射しも仄かに色づきだした。軽めの朝食とお昼まえに二口ほどつまんだソフトシェル・クラブのほかはなにも食べていないから、血糖値もストンと急降下する。岸壁沿いのテントを物色しつつ、大港橋をわたって九號碼頭側へ。フジロックでの「オアシス」エリアにあたる「美食市集」(ここにも小さなDJステージ「小港祭」と、隣接する倉庫にはロック・バンドの登竜門だという「卡魔麥」ステージがある)で、ならべられた木製パレットに座って、手軽に食べられるホットドッグと台湾っぽい食べものということで刈包(グァバオ)を詰めこむようにして頰張り、気つけにカフェオレを補給。ふぅ、ようやく落ち着いた。さぁ、2日目の夕方にして初めてのメインステージ「南霸天」を目指そう!
手首のリストバンドをかざしながら黄緑色のゲートをくぐると、海巡署の巨大な艦船が接舷している500メートルほどの埠頭をぶち抜いた先に、ちょうどサマーソニックの「Ocean」ステージほどの大きさのハウスが建ち、「血肉果汁機 Fresh Juicer」のけたたましくも熱い演奏のまっただなか。音響や照明の制御卓が置かれたFOHのテントのさらに後方のヴィジョン越しに眺めていたのだけれど、搖滾台中でも観たように観客が演奏に積極的に参加して、いくつもモッシュの渦が沸き起こる。熱烈なファンだろうかが率先して、観客の輪のまんなかにぽっかりと大きな円形の空白をつくる。ヴィジョンでは上空を飛ぶドローンがとらえたサークルの空白のなかに、、台湾の伝統行事の「神猪」をモチーフにした豚のマスクをかぶったヴォーカルのGIGOの咆哮とヘヴィな曲のサビをきっかけに、怒涛のように観客が雪崩れこみ、人の渦が台湾島の形にオーヴァーラップする。なるほど、クールな演出だ。
仲間と合流し、とっぷりと日も暮れ、埠頭の先にある「南霸天」に吹きつける風もますます強さを増してくる。次はいよいよ「拍謝少年 Sorry Youth」だ。
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