【LIVE】autechre @ Yogibo META VALLEY 2026/02/05 – 暗闇の中でどこまでもひらかれていく僕らの身体感覚
- 2026/02/07 ● REPORT

ショーン・ブースもロブ・ブラウンも、居合わせたオーディエンスもそこにいたんだよな?僕は何も見ていない。確かなことは何も言えない。でも、みんながそこにいる気配と自分の鼓動だけは確かに感じている。一寸先も見えぬまま音の濁流に巻き込まれ、ひらかれていく感覚のままに相対した80分。見渡してもなんにも見えない完全消灯の暗闇に、時間も空間も溶け合っていき、ただ踏みしめる両足の感触だけを道標に音と戯れたフロアで、僕は何かを見たような気がしている。
2日前に観たマイ・ブラッディ・ヴァレンタインとはまた違う意味で、「あれは夢だったのでは?」とどうにも定かでない不思議な感覚を残した、オウテカのピッチブラック公演。2/5(木)に大阪のYogibo META VALLEYで行われた公演の様子を、ここにレポートすることとしたい。踊り倒して汗だくになったが、それは快楽というより未知と対峙した冷や汗のようでもあり、今もゾクゾクが止まらない。

普段のライブとは明らかに違うどこかソワソワした雰囲気で、「必ず注意事項を読んでから入場してください」とアナウンスが繰り返されるYogibo META VALLEYの入場列。オウテカに指名されたというサポートアクトのkohei matsunagaのプレイは、ダウナーなトーンを通底させながら硬質なミニマルテクノの色合いを醸し出していて、ピークタイムのようなガンガン踊れるビートを刻んでいる。すでに27時くらいの体感なのに、なんと今日のメインアクトたるオウテカはさらにこの先の光景を描いてくれるらしい。15分のインターバルで消灯前の準備を整える中でも、否が応でも期待は高まる。
20時になってフロアの照明が落とされ、視覚情報も取り上げられてオウテカのライブがスタート。ライブ音源からはアンビエントなところからジリジリ積み上げるようなプレイをイメージしていたが、思いのほか終始ビート主体で、重心の低いゴツゴツとした音が身体にぶつかってくる。それは例えるなら濁流や土石流のようなもの。流れてくるマテリアルの質感は似ているようで違っていて、ループしているようでしていなくて、気づいたらまったく違うところにいる。そんなランダマイズされた体感は安易な陶酔や没入を拒むようでもあり、わかりやすく合わせられるものでもない。それでも不思議と、身体は動くことをやめない。
そんな身体反応をもたらしているのが、このピッチブラックの状況なのだろう。ステージの2人の手元を照らす(のであろう)光はぼんやり見えるので、完全に真っ暗というわけではないのだが、かろうじて周りの人のシルエットが見えるか見えないかくらいの暗闇だ。普段のライブで「目を閉じて浸る」みたいなことはよくするが、目を開ければ見ることのできるそれと「開けているけど何も見えない」では、似て非なるものなのだと思い知らされる。ただでさえ手がかりとなるリズムが希薄な音像で、演者や周囲の動きも見えないため、そこに合わせることもできない。合わせていれば安心なものなどなにもない状況にひとり取り残されたような不安や焦燥を覚えるが、そんな心模様とは裏腹に身体は動くことをやめない。なんなんだこれは?
多分ステージの方を向いているのだろうが、周りの人は棒立ちなのか踊っているのか、僕がぐわんぐわん揺れているから揺れているように見えているだけなのか、それさえもわからない奇妙なシチュエーション。さらに突き放すように、2小節と同じでないサウンドを鳴り響かせるオウテカの2人。だが、4分の中に3分のリズムを見出したり、BPMをダブルやハーフで解釈してみたり、ウワモノにゆらゆら揺れたりと、流動的で不定形な音像だからこそ、身体が素直に反応するのだろう。傍から見ればズレた踊り方かもしれないが、見てくる傍も、見る僕も、ここにはいないのだから、そんなことはどうでもいい。この暗闇の中で、それぞれの身体感覚がどこまでもひらかれていく。
ブリブリしたアナログ感のあるシンセベースや、生っぽいスネアの音なども交えながら、対比的に立体感をつくりあげていくオウテカのプレイ。ビート主体でかなり重心の低い音像だからこそ、くすぐるように入り込んでくるウワモノも映えていて、脈絡がないようでありながら、音と音との有機的な交わりを存分に感じさせる。それはフロアの状況と似ているようでもあって、周りの人々の人種も性別も年齢もなにもわからないが、たまに少し当たったり息遣いを感じたりする中で、かろうじて互いを確かめ合うこの在り方は、実はかなり高度なコミュニケーションなのではないか。
そう感じさせてくれるのは、オウテカがオーディエンスを信頼し、僕らもスマホの電源を消すなどしながら自制的に応えているからでもあり、ある意味ではモッシュピットにおける信頼関係とも似ている気がする。右に倣えのわかりやすい安心が渦巻く現代において、各々の主体性をここまで信頼し、こういったかたちで解放される体験がどれだけあるだろうか。どこまでも純粋に音楽と交わろうとする2人とオーディエンスのプリミティブな欲求が、視覚情報を遮断するというかたちで最大化され立ち現れた、なんとも刺激的な一夜だった。

最終盤で、若干ブライトな色合いのウワモノが聞こえてきて、少し歓声が上がったかと思えば、あっさりと終わる。その流れもまた痛快で、わかりやすいカタルシスを断固として拒否する姿勢にもシビれたものだ。オウテカは僕らに、なにも与えてはくれない。だが、いろんなものを掴み取らせてくれた。確かに残ったその感覚こそが、2人と向き合った時間の結晶なのだ。普段からYogibo META VALLEYに掲げられているものらしいが、振り返った先にあった「YOU ARE THE MUSIC WHILE MUSIC LASTS.」という言葉(T.S.エリオットだろうか)が、はからずもこの一夜の情景を、なにより的確に言い表していた。
Photo & Text by 阿部仁知




