クリス・ペプラー×花房浩一が語るフジロックならではの体験と魅力。フジロックの未来を語ってみた
- 2025/03/14 ● Interview
フジロックをはじめ、日本の音楽やフェス文化を語るうえで欠かせない存在であるクリス・ペプラーさんと花房浩一。
クリスさんは、J-WAVEの開局当初からパーソナリティを務め、日本の音楽シーンで洋楽と邦楽をつなぐ役割を果たしてきました。もともとは広告制作の仕事に携わっていましたが、社内でナレーションを担当したことをきっかけに、ラジオパーソナリティとしての才能を見出されます。その後、J-WAVEの看板番組「TOKIO HOT 100」のナビゲーターに抜擢され、以降30年以上にわたり最前線で音楽を届け続けるクリスさん。フジロックには第1回(1997年)から皆勤賞で参加する、筋金入りのフジロッカーとのことです。
花房浩一は、音楽ジャーナリストとして国内外のフェスなどを取材し、1997年の第1回から深く関わるフジロックの立役者。現在は公式ファンサイト「フジロッカーズ・オルグ」を主宰し、日本のフェス文化を発信し続けています。
そんな2人に、今回はお酒を片手にフジロックの魅力や未来について存分に語っていただきました。長年フジロックを見続けてきたからこそ語れるリアルな視点で、第1回からの変遷や忘れられない瞬間、そしてこれからのフジロックへの期待を語ります。まだ見ぬフジロックの可能性を夢見て──。
─ 今日はよろしくお願いします! クリスさんはJ-WAVEの開局当初からパーソナリティを務められていますが、まず当時のラジオと音楽シーンの関わりについて教えてください。
花房:開局当初の J-WAVEは、日本の音楽シーンにも大きな影響を与えてたよね。海外の音楽と日本の音楽を橋渡しする役割も果たしていたんじゃないかな。
クリス:そうですね。洋楽の紹介やライブ音源の放送などを通じて、多くの人が世界の音楽に触れる機会を得たと思います。
あと、J-POPの「J」は、J-WAVEの「J」が起源なんです。それくらい、日本の音楽シーンにおいてJ-WAVEは大きな存在だった。僕自身も「音楽を届ける側」として、J-WAVEと共に成長してきた感覚があります。また、ラジオだけでなく、音楽を伝える仕事を通じてさまざまなライブにも足を運んできましたね。
─ クリスさんにとって、どんなライブが「良いライブ」だと思いますか?
クリス:いろんな基準があるけど、僕が思うひとつの指標は「どれだけ時計を見ないか」。ライブを観ていて、「もうこんな時間か!」って思えたら、それはすごく良いライブだと思います。逆に、「あと何分かな?」とか「そろそろ終わるかな?」って考えてしまうときは、どこかで集中が途切れている証拠かも。時計を見る動作って条件反射だから、本能に逆らえないんです。
花房:それはすごく共感できるね。時間を忘れるほどのライブって、観客が完全に音楽の世界に入りこんでいる状態だから、アーティスト側も最高のパフォーマンスをしている。
俺もピーター・ウルフのライブを観たとき、3時間近くやっていたのに、体感的には本当にあっという間だったんだよ。
クリス:そういうライブって、単に演奏がうまいとかセットリストが良いとかじゃなくて、「空間を支配する」力があるんだよね。全体が一体化してその迫力に引きこまれるような感覚、一種の魔力のような感じ。
花房:まさに「ライブマジック」だよね。時計を見ないってことは、その場にいる全員が時間の概念を忘れるくらい夢中になっているわけで、それこそがライブの醍醐味だと思う。
クリス:でも、ライブハウスやホールでの公演と、フジロックのようなフェスでは、楽しみ方が少し違っていて。
ライブハウスやホールのライブは、一度観始めたら基本的に最後までその場にいるけれど、フェスはもっと自由度が高い。ちょっと観て「このアクトいいな」と思ったらそのまま最後まで楽しめるし、逆に「なんか違うかも」と感じたら、すぐに別のステージに移動することもできますよね。
そういう選択肢の多さに加えて、広大な苗場の自然のなかで自由に気負わず音楽を楽しめる心地よさがフェス、そしてフジロックの魅力だと思います。
花房:そうだね。自由に行き来しながら、自然やアートに触れて最高の体験を作れたり、見たことのないアーティストに出会って引きこまれたり、新しい発見があるのもフジロックならではだと思う。
クリス:あとなんなら、フジロックに関しては「何も演奏を観に行かなくても、楽しみ方の一つになる」っていうところがあるんですよ(笑)。「あ、やべえ、何も観てねえ! そろそろ何か観に行かないとまずいな!」って思うこともあって。そこにいるだけで楽しいんです。
花房:フジロックって、会場にいるだけで幸せな気持ちになれて何かを得られるというか、ただそこにいる時間そのものが特別になるのが不思議な魅力だよね。
クリス:実際にフジロックを思い返したとき、具体的に「この瞬間が特に良かった」などはあまり覚えておらず、感動した気持ちだけが心に残っていることも多くて。
以前、フジロックで雨のなか音楽を聴いていて、気づいたら胸がいっぱいになって涙が出ていたことがあったんです。あとで妻に「あなた、泣いてたよ」って言われたんですけど、何に感動したのか具体的には覚えてないし、今もわからない(笑)。
でも、ただ「すごく幸せだった」と感じました。その瞬間の幸福感が、フジロックならではなんだと思います。
花房:音楽だけじゃなく、あの広大な苗場の自然と一体になって、自分がその空間に溶け込んでいるような感覚。そういう、特別で幸せな時間を味わえるんだよ。
それでいうと、1997年の初回はまさに伝説的な“嵐のフジロック”だった。
クリス:僕も初回はメディアの招待枠で参加したんですが、現場のスケールや豪華なラインナップに圧倒され、強く感動したのを覚えています。
特に印象に残っているのは、レッド・ホット・チリ・ペッパーズ(レッチリ)のライブですね。ボーカルのアンソニー・キーディスがバイク事故で腕を骨折していて、ギブスをはめたまま台風直撃の大雨のなかでステージに立ったんです。片腕を固定したまま、ずぶ濡れになりながら手を掲げて歌う姿は、まさに「ロック」でした。
ただ第1回は台風の影響で本当に過酷で、2日目は開催中止になってしまった。 まだ「野外フェスに必要な準備」が浸透していない時代だったから、ぬかるみのなかをハイヒールで歩く人もいて、会場は泥まみれ。寒さをしのげず、どうしようもない状況でしたね。
今振り返ると、この経験がフジロックを安全に創り上げていくきっかけになったのかもしれないです。
花房:いきなり完璧なフェスなんてできるわけないからね。あの嵐のフジロックを通じて、自然やアウトドアフェスの本質を見つめ直し、試行錯誤を重ねてきた。 だからこそ、日本初の本格的な野外ロックフェスとして成長し、今では日本のロックフェスを牽引する存在になったんだと思うよ。
クリス:フジロックは、日本の音楽フェス文化を象徴する存在ですよね。僕自身も長年関わってきましたが、毎年どんなアーティストが来るのか、どんな空気感になるのか、ワクワクしながら参加しています。
─ 長年フジロックを見続けてきたお二人ですが、最近のラインナップの変化についてはどう感じていますか?
クリス:K-POPやデジタル音楽が台頭してきて、音楽業界全体の風向きも変わってきていますよね。フジロックも、その流れのなかで変化してきていると思います。
花房:音楽業界の変化や観客の高齢化、動員数の減少といった課題があるなかで、新しい層を呼び込むことも必要。でも、「フジロックらしさ」とは何なのか、どこまでの変化を許容するのか、その線引きはとても重要な問題だよね。
クリス:もちろん、音楽の好みは人それぞれですが、フジロックはもともと「ロックフェス」としてのアイデンティティがあった。そこにポップ寄りのアーティストが増えすぎると、「フジロックってこういう感じだったっけ?」と違和感を覚える人が出てくるのは当然のことかもしれません。
花房:時代とともにフェスも変わっていくものだけど、「何でもあり」にしてしまうと、フジロックの個性が薄れてしまう。どのラインでバランスを取るのかは、難しいけれど大事なことだと思うよ。
クリス:アーティストのラインナップだけでなく、フェスのあり方そのものを見直して「フジロックらしさ」を突き詰めるのも一つの方法ですね。
たとえば、グラストンベリー・フェスティバルは、音楽だけでなくサーカスやシアターの要素を取り入れるとともに、環境問題への意識を高める場にもなっている特徴がある。
フジロックも、苗場の大自然を生かした会場作りや環境への配慮が特徴的なフェスなので、更にその強みを活かしながら新しい取り組みを行うのもいいかもしれません。
─ 最近のフジロックは、縮小傾向にあるように感じます。かつては訪れるたびに新しい発見があったけれど、今はよりコンパクトになってきている。特に、オレンジコートの消失は大きな変化ではないでしょうか?
クリス:そうですね。たしかにオレンジコートはワールドミュージックやジャムバンドが集まるステージで、フジロックの多様性を象徴する存在でしたから。そのエリアがなくなったのは、フェスの方向性が少しずつ変わってきていることの表れだと思います。
でも、たとえばワールドカップのときって、普段そこまでサッカーに興味がない人も急に夢中になるじゃないですか。フジロックにも、最初はそれに似た現象があったと思うんです。「日本に本格的な野外音楽フェスが誕生した!」と話題になり、多くの人が集まった。そうしたブームには必ずピークがあって、時間が経つと熱が冷めるのは自然な流れだと思っています。
コアなファンじゃなければ離れていくのも仕方がないし、動員が減れば運営側もフェスの規模を調整せざるを得ない。それは決してネガティブなことではなくて、時代に合わせて柔軟に変化していくことが、フェスを続けていく上では必要なんだと思います。
─ 変化すること自体は問題ない、と。
クリス:そう。ビジネスとして成立するには、無理に広げるよりも適正な規模にする方が合理的ですしね。ただ、一つ言えるのは、音楽そのものも変わってしまったということ。
フジロックフェスティバルっていうくらいだから、やっぱり「ロック」が主役だったんだけど、近年はロックがちょっと影を潜めている。下火とまでは言わないけど、ロック以外のジャンルの音楽にも勢いがあるし、フジロックのラインナップにも影響が出てきているのは間違いない。
でもね、そこで俺が「そうじゃない。これが理想のフジロックだ!」って発言するのは無責任な気もするんですよ。結局、フェスを運営している人たちは、ものすごく大変な思いをしながら試行錯誤しているわけで、好きなことを押し通すだけでは成り立たない。理想を語るのは簡単だけど、それを実現するのはまた別の話なんで。
─ とはいえ、クリスさんが「フジロックらしさを守るためには、こうすればいいんじゃないか」と思う部分はありますか?
クリス:もちろん、昔のフジロックと今のフジロックは全然違う。初期のフジロックはもっとパンクな空気が強かったし、実験的で、どこか危険な香りもあった。最近は、ファミリー層が増えて「安心・安全で確立されたフェス」という側面が強くなってきました。
僕自身も今、4歳の娘がいるから、家族で一緒に楽しめる環境が整ってきたのはいいことだと思ってます。だから「フェスが大衆的になること=悪いこと」では決してない。むしろ、さまざまな人が集まれる場になっているのは、フジロックが成熟した証拠でもあると思うんです。
ただ、「ここだけは守るべき」という一線は引かないといけない。フェスが時代に合わせて変わるのは当然だけど、フジロックはやっぱりフジロックであってほしい。「どこまでもポップになって、もはやロックフェスじゃなくなってしまう」のは違うし、フジロックが持っていた「唯一無二の雰囲気」や「音楽の自由さ」は絶対に失ってはいけない。
フジロックの精神を完全に残すことは難しいけど、それでも「これがフジロックだ!」っていうアイデンティティは守るべきだと思います。
─ 初期のフジロックと比べて、大きく変えていったほうがいいと思うことはありますか?
クリス:フジロックらしさを大切にしつつ、新しい演出にも挑戦していけば、より多くの世代が楽しめるフェスになるんじゃないかな。たとえば、デジタル技術を活用して、新しい映像演出やアートを取り入れるとか。
ここ数年、エンタメや音楽業界でもデジタルアートやテクノロジーの活用が進んでますよね。ホログラム技術を使ったバーチャルライブも話題になっていて、音楽とアートの融合もどんどん進化している。
たとえば、チームラボのようなデジタルアート集団とコラボしたり、フェスの空間全体を使った没入型の映像演出を取り入れたりするのも面白いかもしれない。
ABBAの「Voyage」では、メンバーの若い姿を再現したデジタルアバター、いわゆる「ABBAtar」を使ったコンサートが大きな話題になりました。こうした技術をうまく活用すれば、フェスの新しい形が生まれる可能性もあると思います。
フェスの醍醐味はやっぱり「生の空気を共有すること」。そのなかでもフジロックの魅力は「文化的な体験」ができることにある。だから、取り入れるのであればホログラムだけに頼るのではなく、リアルな空間との融合が重要ですね。たとえば、フジロックの広大な苗場の自然のなか、夜のステージに幻想的なホログラム演出を加えて、自然とデジタルが融合するような体験を創ると面白いんじゃないかな。
AIの進化が進み、エンタメや音楽の楽しみ方が変わりつつある今、幅広い客層を取りこむという意味でも、新しい形のフジロックを創るメリットは十分にあると思います。
花房:いやあ、クリスの案、すっごい面白いね。フジロックの可能性がもっと広がる気がする。こんな未来が本当に実現したら、ますますワクワクするフェスになるよね。
クリス:ありがとうございます(笑)。まあ、これはあくまで僕らの理想ですが、フジロックは常に進化しつづけてきたフェスです。これからも新しい挑戦が生まれると信じていますし、僕も変わらず皆勤賞を狙います!
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フジロックは、ただの音楽フェスではなく、そこにいるだけで特別な時間を味わえる場所です。自然と音楽が溶け合う唯一無二の空間で、音楽を楽しむのはもちろん、仲間との語らいや偶然の出会いが、かけがえのない思い出になるでしょう。
クリス・ペプラーさんと花房浩一さんが語ったように、フジロックは時代とともに変化しながらも、その魅力を守り続けてきました。そしてこれからも、新たな形へと進化していくはずです。
まだフジロックを体験したことがないなら、今年の夏はぜひ苗場へ。音楽、アート、そして大自然に包まれながら、あなたにとっての「フジロックの魅力」を見つけてみませんか?
聞き手:丸山亮平
Text:朝川真帆